京都の産業はなぜ強いのか
- 投稿日時
- 2026/06/29 17:00
- 更新日時
- 2026/07/24 17:25
異彩放つミックスイノベーションの凄みに迫る
伝統と先進、継承と独創といった二項の間をしたたかに股にかけ、「異能」の人たち・企業たちが大きく羽ばたいているイメージ。
古都・京都は産業の地平を次々と開き、その異彩ぶりを世界にみせつけてきた。理化学、計測機器、電子部品、モーター、医療、半導体、ゲームと、グローバルトップないし世界トップ級のシェアを持つ京企業はまさに「奇跡的に多い」。
祇園祭の囃子の音を耳にしながら、この6月末から7月中旬にかけ京都の製造業や各種団体等を足しげく回り、生の声を集めて京都の産業・企業の強さの理由に目を向けた。
京都は観光地として知られるが、経済を支えているのは製造業だ。特に京都市は域内GDPに占める製造業の割合が全国平均より高い。下の表のように京都生まれのグローバル製造業がひしめき、また高度技術を持つサプライヤーも多く、独自色の強いモノづくりを発展させている。自動車や重電の「城下町」をはじめ、造船や精密機械など特定業種で一頭地を抜く町は全国にあるが、京都の地には伝統産業から先端まで、広く世界最高レベルの企業が輩出している。どういうことでっしゃろ、だ。
■明治維新時の「強烈な危機感」がそうさせた
京都の産業の特色については、いろいろ説明尽くされているが、今回の取材では「明治維新時の強烈な危機感が起爆剤になった」との説明を京都府庁で聞いた。
江戸後期まで「伝統文化の象徴地」として経済的にも潤っていた京都は、東京遷都(明治2年)の影響で衰退を余儀なくされた。人口は一時3分の2に減少。危機を打開すべく「学」を中心に、いまでいうイノベーションに官民挙げてトライしたという。
京都の町衆(住民自治組織の番組)が「お上に頼らず自分たちで」自発的に身銭(竈金=かまどきん)を出し合い小学校64校を創設したほか、大学も立命館大学(明治2年私塾として創始)、同志社大学(開校明治8年)に続き明治30年に京都大学が開校。明治時代の大学進学率は1%もなく、いかに多くの学生がこの地に集ったかがうかがえる。このことが将来の産業育成に貢献した。他方で官民が力を合わせ日本初の水力発電と路面電車を開業させるなど、当時の最先端のインフラ投資を「驚異的スピードで行った」(京都府担当者)という。
産業界も伝統のノウハウを次代の産業につなげる。一例、西陣織で知られる上京区から北区にかけての西陣地区では、フランスに留学してジャガード織を学ぶものが出、やがて織機産業を形成する。織機には回転と直線運動を交互に変換するクランク機構をはじめギア、滑車、ベルトといった機械要素が必要で、これらの製造ノウハウが後年、様々な機械向けに花を咲かせた。付け加えれば織の動作パターン(縦糸の運動等)は現代のプログラミングに通じる。いわば織機は原点のひとつであり、豊田自動織機が世界のトヨタを生んだ経緯と似た状況が垣間見える。「西洋の先端技術を貪欲に取り込み、5年でモノにした西陣の底力こそ今日の革新性の源流」(西陣織工業組合・渡邉隆夫名誉顧問)、「我々ロボット屋からすれば、西陣織はご先祖様。織機は現代ヒューマノイドの生みの親だ」(テムザック・髙本陽一代表取締役議長)などのコメントを得た。
■近距離のアドバンテージと、自由で異能を認める文化
古都の街は決して広いわけでない。このことも産業発展に間接的に貢献したようだ。三方を山に囲まれた「箱庭的」環境のなかで、企業らの関係性はおのずと濃厚になり、「大企業から中小、大学まで分断せずに互いに交じり合ってイノベーションを起こした」(京都中央信用金庫・植村幸弘理事長)という。
このほかにも取材では必ず「京都特殊論」といったものに出会った。「経済・産業界の新年賀詞交歓会を京都は合同でやるんです。半導体企業のトップと宮大工の棟梁が親しくなったりする。ほかではないでしょう」。「自由と異能を認めあう文化が京都を押し上げている。ほかの地域ではまずみられない」。「他人の真似をしない本物を求める気風が京都らしい文化や産業を生んでいる」…など。
狭く濃密な世界のなかで、独自の産業風土と企業文化が育ち、その濃さと文化醸成の好循環がまた新たな価値を創造している様子が感じられた。
ミニ対談
伝統と革新
織機はヒューマノイドの産みの親である

西陣織工業組合名誉顧問(渡文社長)・渡邉隆夫氏(左)とテムザック代表取締役議長・髙本陽一氏
ロボットメーカーのテムザックは2017年、京都市上京区の西陣地区にロボット研究所を開設した。西陣織の老舗「渡文」が所有する木造平屋の織物工場跡を利用し、AIやヒューマノイドなどの先端研究を行う。伝統と革新が交錯する同地で、渡文の社長であり西陣織工業組合の理事長を24年間務めた渡邉隆夫氏と、テムザックの髙本陽一代表取締役議長が、ものづくりのDNAについて語り合った。
――西陣に研究所を開設した経緯は。
髙本 当初は別の都市で検討していたが、どこも環境が似たり寄ったりで面白みに欠けると感じていた。「ついでに京都でも見てみよう」と思い立ち西陣を歩いていたところ、偶然通りかかった渡邉社長から「何か探しているんか」と声を掛けられた。「ロボットの研究所を作る場所を探している」と応じたのが始まりだ。
渡邉 当時は倉庫として使い、時折結婚式場などにも貸し出していた場所がちょうど空いていたので「使わんか」と提案した。
髙本 歴史ある素晴らしい空間だった上に、よそ者の我々を瞬時に信用してくれたことが嬉しく、その場で、わずか30分で進出を決めた。
――ロボットと伝統織物、一見すると対極の産業に思えるが。
渡邉 本質は何も変わらない。他所にないものを作るのが京都の伝統産業だ。誰もが真似をし合う厳しい競争の中で、独自の価値を作り出すという確信の度合いは、ロボット開発も全く同じ。京都から多くのテクノロジー企業がグローバルに雄飛できたのは、この気質が街全体にあるからだろう。
渡邉 例えば渡文では、他の産地や同業者とも異なる「軽くて結びやすく、長く締めても疲れない帯」を追求している。着物を着る女性の所作をよりしなやかに、美しく見せるための工夫だ。伝統の灯を絶やさぬよう、着物教室を開くなど自ら需要を喚起する普及活動にも努めている。
■自動車、そしてロボットの遺伝子も西陣から
――ロボットメーカーから見て、西陣織とはどのような存在か。
髙本 ロボット工学の視点で見れば、ギア、滑車、クランク、ベルトといった日本の機械テクノロジーを構成するすべての要素部品は織機に起源がある。我々ロボット屋からすれば、西陣織は「ご先祖様」そのものだ。
――トヨタ自動車もスズキも、その源流は自動織機メーカーだ。
髙本 まさにその通りだ。自動車に続く次の国家基幹産業(ロボティクス)が、再び西陣を生みの親として花開くのは、歴史の必然と言える。
渡邉 明治5年末、明治維新や東京遷都で大打撃を受けた西陣を再興するため、京都府は職人をフランスのリヨンへ派遣し、翌明治6年に西洋の「ジャカード織機」を日本へ初めてもたらした。それをわずか5年ほどで国産化させた。それまで2人がかりで織っていた「空引機(そらびきばた)」の時代から、ジャカードの普及によって1人で高速に織れる劇的な変革が起きた。
髙本 穴を開けた紋紙(パンチカード)を用いて織りのパターンを自動制御する西洋のジャカード技術。あの仕組みは、現代の「プログラミング」の思想そのものだ。コードによる制御はロボット作りの基礎であり、その意味でも織機はヒューマノイドの産みの親だ。京都は一見保守的に映るが、実は新しい技術や文化を貪欲に受け入れる土壌があり、よそ者を温かく迎える度量がある。

プログラミングの元ともなった紋紙(パンチカード)
渡邉 西陣は古くからパンの消費量も多い。夜遅くまで機織りをするのに片手で手軽に食べられる。家事労働を極力省力化し、女性が織物産業の現場で働きやすい環境を早くから作っていた。今でいう「一億総活躍」の先駆けであり、その時代なりに女性の社会進出と生産性向上を合理的に考えていた結果だろう。
――今後のコラボレーションの展望は。
髙本 対談の場でいきなり提案するのも恐縮だが、実は以前開発したロボットの台車が手元に残っている。分解しようかとも考えたが、祇園祭の山車の土台ほどもある立派なものだ。これを西陣の布で豪華に装飾し、何かに活用できないだろうか。
渡邉 その山車に最先端のロボットを搭載し、現代風の「ロボット祭り」として復活させれば、世界中から大きな注目を集めるのではないか。
髙本 実におもしろいアイデアだ。この場で決められる話ではないが、こうした自由な着想がその場で次々と飛び出してくること自体が、京都という街の圧倒的な懐の深さだと確信している。

美しい西陣織の世界
京都中央信用金庫・植村 幸弘 理事長に聞く
金融の枠超え「共創の苗床」に
商流掴みサプライチェーン防衛

京都みやこ、南京都の両信用金庫の事業を譲り受け、店舗数・預金量ともに全国最大規模となった京都中央信用金庫(中信)。植村幸弘理事長は、「朝廷があり、衣食住の最高峰が集まり、人の真似をしない本物とそれを支える職人が揃っていたこと」が京都の産業基盤を築いたとみる。
「当金庫は京都市中央卸売市場の鮮魚を扱う人々に育てられた。同様に、西陣織や宇治の茶、伏見の酒から生まれた信用金庫があり、それぞれの地場産業を支えてきた歴史がある」
時代の潮流でこれらが中信へ集約された歴史は、京都の産業史そのものだ。個別の地場産業に特化していた信用リスクが、中信の巨大なポートフォリオ管理の下で一元化され、効率的に分散された形だ。植村理事長は、京都の「適度なコンパクトさ」が、大企業や中小企業、大学などを分断させず、互いに混ざり合いながらイノベーションを起こす最適の土壌になったと指摘する。
現在、圧倒的なスケールを活かし、総合金融サービスを目指す。背景にあるのは地域経済の激変だ。
「高度経済成長を支えた経営者がコロナ禍を経て、本格的な世代交代期を迎えた。次世代からはより高度な金融ソリューションが求められており、これに応えねばならない」
■中信ビジネスフェアをハブに
地域経済持続の最大分岐点は「事業承継」だ。地域からの深い信頼とフェース・ツー・フェースのアウトリーチ(訪問・提案)機能をフル活用し、中小企業のM&A支援を積極化する。短期的な手数料(フィー)ビジネスに走りがちな時世において、地域の長期的発展と「運命共同体」にある信用金庫こそが、ローカルの不可欠なキープレーヤーになり得るとの認識を示す。
特に注力するのが、単なるマッチングにとどまらない「PMIの徹底追跡」だ。「サプライチェーンから製品の販売先まで、顧客の『商流』を確実に掴む」ことにこだわる。これを起点に、設備投資や新規市場開拓、さらに「京都中信 GX Planning サポート」を通じた脱炭素化まで、企業のライフサイクルに応じた適切なハンズオン支援を展開する。
事業拡大のエンジンが、約40年前に先駆けて開始し業界のスタンダードとなった「中信ビジネスフェア」だ。「全業種が集まる展示商談会で、大手企業も出展する。単なるビジネスマッチングにとどまらず、ここを異業種が交錯する『イノベーションの苗床』に育て上げている」と手応えを語る。
この共創路線を加速するため、7月21日、京都駅の八条口前の「中信京都駅八条口ビル」へ本部機能の一部を移転。また、8月3日には1・2階に新たな共創スペースをオープンし、学生の研究発表や事業者間の偶発的マッチングを促す拠点とする予定だ。
これに先立ち、ソフト面でも「地域共創グループ」を新設した。「社内公募で選抜した8人の精鋭が、従来の金融の枠組みに捉われない型破りな新しい挑戦を開始している」という。事業者と大学、地域、そして大手と中小企業を待ちの姿勢ではなく能動的に結びつける。
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