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水素社会は実現するのか ~大型車両・船舶・鉄鋼で実用化の兆し~

投稿日時
2026/06/12 09:51
更新日時
2026/06/12 15:57

理想から実装の第2フェーズへ

地球温暖化対策の切り札として注目を集めてきた水素エネルギーが、概念先行の投資熱から「商用化・社会実装」の第2ステージへ移行した。主要国政府は価格差補填で需要創出に動くが、需要とインフラ整備の課題が世界共通の壁として立ちはだかる。


世界の水素活用が大きな転換期を迎えている。一時の投資過熱は落ち着き、いかに安価なクリーン水素を大量に届け、産業に定着させるかという「地政学と経済のフェーズ」へと局面が変わった。

国際エネルギー機関(IEA)は2050年までに世界の水素需要が現在の5倍以上に拡大すると予測する。しかし年間約1億㌧の現需要のうち99%以上は依然として化石燃料由来の「グレー水素」だ。普及の最大の壁はコストの高さであり、主要国政府は「価格差補填」を軸に需要の強制創出に乗り出している。

先陣を切る欧州連合(EU)は「欧州水素銀行」を本格稼働させ、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」生産に最長10年間の価格差支援を行う。ドイツは需要の7割を輸入に頼る前提で海外調達網を広げ、英国は差額決済契約で事業者リスクを軽減する。日本も20245月成立の「水素社会推進法」に基づき、既存燃料との価格差を15年間補填する「値差支援制度」を本格始動。臨海部の工業地帯を「水素供給・需要ハブ」に指定し、官民一体の集中投資が動き出している。

水素運搬船.jpg

川崎重工の液化水素運搬船

一方で、世界のエネルギー地図を揺るがしているのが米国の政権交代だ。バイデン前政権が推進した「地域クリーン水素ハブ」構想はトランプ政権下で急ブレーキがかかり、クリーンエネルギー予算の凍結・支援取り消しが相次ぐ。対照的に中国は内モンゴル自治区などで巨大な再生可能エネルギーと直結したグリーン水素プロジェクトを次々と稼働させ、製造コスト低減で他国をリードする。

またコスト面からのゲームチェンジャーとして、地下から直接水素を採取する「天然水素(ホワイト水素)」の探査・開発がフランスやアフリカ、豪州などで急速に注目を集め始めている。しかしまだ商業化の初期段階に過ぎない。

利活用の主戦場も変わりつつある。乗用車向け燃料電池は電気自動車との競争で苦戦を強いられ、重点は長距離輸送の大型トラックや大型船舶、そして鉄鋼・化学といった「脱炭素が困難な伝統産業」へと移っている。石炭の代わりに水素で鉄を還元する「水素直接還元(DRI)」技術の実装は北欧・中国・日本で本格化しつつある。

一方で課題も山積する。世界で発表された水素プロジェクトのうち、最終投資決定や法的拘束力のある長期購入契約に結びついた案件は全体の2割程度にとどまる。「需要がないからインフラが整わず、インフラがないから需要が生まれない」──この典型的なジレンマの打開は、各国共通の急務だ。

水素社会の実現へ、政府支援の持続性と企業の国際サプライチェーン構築の成否が勝敗を分ける。水素は経済と地政学の試練の場に立っている。




(一社)水素エネルギー協会、燃料電池開発のロードマップ示す


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NEDO・原大周氏

(一社)水素エネルギー協会は519日、令和8年度総会を開催。「水電解燃料電池開発の方向性とものづくりの脱炭素化への水素の貢献」をテーマに掲げた講演が行われた。

講演には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構水素・アンモニア部 水素共通基盤ユニット長の原大周氏が登壇。「NEDOにおける水電解及び燃料電池技術の開発状況と今後の方針」を明かした。

原氏ははじめにNEDOの現状を紹介。グリーンイノベーション基金や経済安全保障関連事業を含む基金残高は11兆円以上、年間通常予算も5000億円を超え、職員数も3年半前の900名から現在は約1600名に急増したと明かした。「比較的、民間銀行が手を出しにくいところでNEDOがファンドを提供している。水素に限らず面白い種があれば国家プロジェクト化を相談してほしい」と参加者に呼びかけた。

講演の柱となったのが、NEDO2021年以降段階的に整備してきた重量車両(ヘビーデューティービークル)向け燃料電池ロードマップだ。25㌧級大型トラックを基準アプリケーションとして設定し、実運用後の動力性能要件からシステム目標を逆算。2030年に燃料電池300kW・バッテリー100kWの合計400kW出力(スタック4基)、2035年にスタックを2基へ削減しつつ425kWへ増強、2040年にはさらに軽量化した上で450kWの達成を目指す。高温120℃対応運転や5万時間の耐久性など、国際比較でも高いチャレンジングな目標値を設定している。

この目標は大型トラックだけでなく、船舶・鉄道・油圧ショベルなどにも共通指標として展開されている。なお、ロードマップ策定にはトヨタがプロジェクトリーダーとして参画し、次世代・次々世代への要素技術開発を進めている。

一方、20252月に日本初として公表した水電解ロードマップについては、PEM(固体高分子)型とアルカリ型の2方式を対象に、水素製造コスト18円以下という政策目標に合わせ、2040年の初期投資額目標を6万円/kWに設定。電力調達モデルは系統定常調達(モデルA)・動的調達(モデルB)・再エネ直結(モデルC)・ハイブリッド(モデルD)の4類型に整理。「電力価格と稼働率は相反するトレードオフであり、ビジネスモデルの設計に不可欠な視点だ」と述べた。

国際標準化については、2026年初頭から欧州委員会JRC(欧州共同研究センター)との協議を開始したことを明かした。「海外の安価な電解システムが欧州の大型プラントで実性能を出せなかった場合、業界全体への投資家離れを招く。きちんとした評価プロトコルで日本の産業競争力を守りたい」と語り、JFCAFCCJとも連携しながら国内プロジェクト発の評価プロトコル策定を急ぐ方針を示した。




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執筆:モノクエ編集部

本記事は、創刊70年超のモノづくり専門紙「日本物流新聞」の編集部が制作しています。製造業に精通した専門記者が、現場取材に基づいた正確で鮮度の高い情報をお届けします。




(日本物流新聞2026年6月10日号掲載)