オピニオン
【後編】ヒューマノイドの世界的権威 早大・高西教授が明かす
「小脳モデル」と日本ロボットの逆襲戦略
- 投稿日時
- 2026/09/10 09:00
- 更新日時
- 2026/09/28 13:57
日本ロボティクス界を牽引する世界的権威・高西淳夫教授インタビューの後編(前編9月10日号)。米中の巨大AIやデータ量の力押しに対し、日本が突きつけるべき「勝機」に迫る。

――米国のVLA基盤モデルと中国のデータ量という2大潮流に対し、現在のAIヒューマノイドの熱狂をどう評価されますか。
「本質的には『技術進化の過渡期』だと捉えています。機械の進化史を見ると、最初は人間や生物の身体を真似る『アナロジー(相似形)』から始まります。初期の飛行機は鳥のように羽をはばたかせ、昔のバスは馬車を模してエンジンを前方に配置していました」
「しかし技術が成熟すると、機能に応じて構成要素を最適化する『ホモロジー(相同)』へ移行します。飛行機は翼(揚力)とエンジン(推力)を分離し、バスはエンジンを後方に配しました。ヒューマノイドも人間そっくりの形から、機能別に最適化された形へとシフトしていきます。ただし、人間環境の置き換えには人間型が最も手っ取り早いため、リスクを取って先に実機を現場投入した米中がデータ収集で優位に立つのは動かせない現実です」
――欧米・中国のアプローチの限界と、日本が勝つための「小脳モデル」についてお聞かせください。
「誤解を恐れず言うならば、現在の欧米や中国のヒューマノイドは、脳の計算理論の第一人者・川人光男先生の理論に照らすと『大脳が描いた理想の行為・行動を、絶えず反射神経(フィードバック)で追従している状態』と比ゆ的に言えます」
「実際の物理世界は作用(力)に対する運動は遅れて生じますし、更に非線形です。不整地や荷重変化に直面したとき、その感覚情報を知覚するには必ずタイムラグが生じます。その情報が目標と違うと、それを修正する方向にモーターの運動指令を与えます。これが無限ループになっている状態を負帰還制御と呼びますが、同時に不安定になる問題も有しており、ときには振動したり、衝撃を吸収できずに転倒にいたります。人間で言えば、初心者が全身に無駄な力が入ってぎこちなく動いている状態といえます」
「これを解決するために私自身が着目するのは、小脳による『フィードバック誤差学習』です。小脳の真の役割は、運動の結果生じた誤差を読み込み、これをゼロにするように脳内に身体と環境の『逆モデル』【※1】を構築することにあります。学習が進むと、小脳が最適な運動指令を先回り(フィードフォワード)して一瞬で出せるようになります。その結果、フィードバックによる無駄な力みが抜け、衝撃を受け流す『やわらかい』制御が可能になります」
「初心者と大谷翔平選手の違いと同じです。初心者はボールを目で追いながら動くため肩が硬くなりますが、大谷選手は小脳に完全な逆モデルがあるため、脱力したまま瞬時に身体をしならせて対応できる。欧米主導の大脳パワーで小脳をねじ伏せるアプローチへの強力なカウンターは、まさにこの『川人モデルを応用した小脳制御』だと思います。もっと身近には、キーボードも打ち始めは指先とキーを見ながらぎこちなくタイプしますが、慣れるとブラインドタッチができるようになります。脱力のアルゴリズムを日本の高度なハードウェアと融合させることこそが、日本独自の勝ち筋だと思います」
■Winnyの二の舞にしないために
――安全性の担保や実証実験の壁についてはどう突破すべきですか。
「どれだけAIが進化しても『安全性を確かめるために人間を実験台にしてはならない』という絶対原則があります。その解答は、私たちが20年前から京都科学と開発してきた『患者シミュレーションヒューマノイド』にあります」
「施術を行う『医療ロボット』に対し、受け手も『患者ロボット』にする。つまり『ヒューマノイド同士で物理的な試行錯誤を無限に繰り返す』環境を作るのです。ロボット同士なら失敗しても人間を傷つけず、複雑な生体変化や力覚データを安全に蓄積できます。『人間を実験台にしない』という倫理を守りながら物理接触の壁を超えるこの蓄積こそが、物量投入データ蓄積型の海外とは異なる、日本の強みになるでしょう。これは、医療のみならずクルマの自動運転や有人宇宙飛行など、危険回避を伴いつつ人と関わる多くの領域においても同様です」
――日本の阻害要因と、これからのロボティクス研究への提言をお願いします。
「最大の阻害要因は、過剰なリスク回避による規制の締め付けです。官邸ドローン事件後の規制強化で市場が消失し優秀な人材が海外流出した例や、Winny事件で開発者が拘束されている間に海外勢が動画プラットフォームを独占した歴史があります。『法律は一国だが、経済と技術競争はグローバル』です。慎重になりすぎて失敗を恐れれば勝機は一瞬で奪われます。患者シミュレーションヒューマノイドも医療関係法令や制度との整合性が取られなければ、技術的にはできても絵に描いた餅になります」
「最後に一言添えるなら、今は大学の環境も厳しく、実験スペースすら費用負担を求められる時代です。研究資産の維持も限界があり、譲れない貴重な研究成果をやむなく廃棄せざるを得ない悲しい現実もあります。どうか国や自治体には、日本の知の財産と技術の歴史を未来へ繋ぐ『ロボット博物館』を設立してほしいと切に願っています。そして、ヒューマノイドをはじめテクノロジーは日本の持つ文化・歴史を生かして日本らしく長期的に発展してほしいものです」
【取材:服部泰平】
【※1】ここで「逆」と言っているのは目標とする運動から指令値を作り出すという意味。
【前編】ヒューマノイドの世界的権威 早大・高西教授が明かす 日本ロボティクスの原点と技術移転の秘話
(日本物流新聞2026年9月25日号掲載)