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【前編】ヒューマノイドの世界的権威 早大・高西教授が明かす 日本ロボティクスの原点と技術移転の秘話
- 投稿日時
- 2026/09/10 14:58
- 更新日時
- 2026/09/10 15:02
日本ロボティクス界の父・加藤一郎の直系にして世界的権威であり、映画『ベイマックス』の医療用ロボット着想にも協力した早稲田大学の高西淳夫教授。世界初の『WABOT-1』から半世紀、日本のヒューマノイドを牽引してきた重鎮が「知られざる産業史」を語る。サービス業のロボット化を目指した早大ロボティクスの源流から米ボストン・ダイナミクスの原点にあったソニー『QRIO』の秘話まで、世界のロボット開発を巡る足跡を2回にわたって紐解く。

――1973年の『WABOT-1』開発以来、早稲田大学は一貫して人間型ロボットの原点を創り続けてこられました。日本のロボティクスの歴史的足跡について総括をお願いします。
「日本のヒューマノイドの歴史は、私の指導教授であった加藤一郎先生が1973年に世界初の本格的な人間型ロボット『WABOT-1』を作り上げたところから始まります。当時は高度経済成長の真っ只中で、産業界は工場の自動化を担う『産業用ロボット』に一斉に邁進していました。企業が自前で実用化を進められる時代にあって、加藤先生は『アカデミアの果たすべき役割は、その先にある未来のビジョンを示すことだ』と考えられたのです」
「先生がいち早く見据えていたのは、将来の産業構造の変化と『サービス業の機械化』でした。工場内にとどまらず、人間と同じ生活環境で動作する『自走するオートメーション』の実現を目指したのです」
「面白いのは、このプロジェクトが学科の枠組みを超えた『総合知』だった点です。加藤先生たちが二足歩行のメカを開発すると、音声認識の第一人者である白井克彦先生が『耳と口』を付け、大照完先生がカメラで『目』を付け、インターフェースを統合していきました。当時、アカデミアでは『ロボット』という言葉は小説やアニメのイメージが強く子供っぽいと扱われて学者は誰も使いたがらなかったため、加藤先生たちは『情報動力機械』と名付けました。メカニクスと情報処理の融合――半世紀前のこの挑戦こそが、現代のAIやマルチモーダル技術すべての原点だったと言えます」
■ボストン・ダイナミクス誕生の歴史ミッシングリンク
――2000年代に入り、ホンダの『ASIMO』やソニーの『QRIO』などが登場して日本のヒューマノイドはピークを迎えたように見えましたが、その後は下火になりました。この足踏みの間、世界では何が起きていたのでしょうか。
「各メーカーが本格的にヒューマノイドを手掛け始めた時期、私個人としても『いよいよこれがビジネスとして爆発的にスケールアップしていくんだ』と大きな期待を抱いていました。しかし結果として日本の産業界では一度下火になってしまった」
「この間に世界で起きていたのは、劇的な『計算資源(コンピューティングパワー)の爆発』です。大量の計算力が手に入るようになり、人間の大脳のアプローチに酷似した大規模言語モデル(LLM)や基盤モデルが実用レベルで機能し始めました」
「ここで知っていただきたいのは、『ヒューマノイドを作るための基本的な情報や理論は、すでに世の中にすべて出揃っている』ということです。私個人だけでもこれまでに1200本以上の論文や解説を書きましたが、先人たちが蓄積してきた知恵のデータベースはすでに完成しているのです」
「そして、これこそが埋もれてしまった産業史なのですが――今や世界最高峰の二足歩行・四足歩行ロボットメーカーである米ボストン・ダイナミクス。彼らがヒューマノイド開発に本格参入した真のきっかけをご存知でしょうか」
「当時、ソニーがエンタテインメントロボットとして小型ヒューマノイド『QRIO』を開発していた際、『高度な物理シミュレーター上で検証したい』という話が持ち上がりました。そこで、私が訪問科学者としてMITで研究をしていた1990年代の初頭に知り合い、走行ロボットの世界的権威でボストン・ダイナミクスを創業したマーク・レイバート氏とソニーを引き合わせ、同社によるQRIOのシミュレーター開発が実現しました。これこそが、同社がヒューマノイド領域へ足を踏み入れる原点になったと彼から聞きました」
――実は2014年頃の『MIT Technology Review』等でソニーとの接点がわずかに記録されていますが、日本国内ではほぼ知られていません。当事者の輪におられた高西先生の口から語られることで、日本の技術と熱量が太平洋を渡っていた生々しい一次証言となり、日本のメディアで記録に残す意義は極めて大きいと感じます。
「ええ。加藤一郎先生が提唱された『サービスする機械』が、ヒューマノイドとして社会実装されるのが中国やアメリカの手によるものばかりになってしまうのだとしたら、それは非常に残念ですし、加藤先生に申し訳ありません。だからこそ、私たちは世界に遅れをとらず、追い越すために企業共同体『京都ヒューマノイドアソシエーション(KyoHA)』を立ち上げたのです」
【取材:服部泰平】(後編に続く)
(日本物流新聞2026年9月10日号掲載)