辰弥、鉄骨業界の管理業務を効率化する初の商流横断型アプリ
- 投稿日時
- 2026/06/11 09:38
- 更新日時
- 2026/06/11 09:46
異色のHグレードファブリケーターが挑む業界変革
工期が逼迫し工場がパンク寸前――そんな納期や価格で行き詰まった案件が次々持ち込まれる鉄骨ファブリケーターがある。Hグレード認定を受ける辰弥(大阪府泉南市)だ。業界屈指の生産能力と、駆け込み仕事の混乱した情報を迅速に整理する“前捌き力”で、短納期・大量の鉄骨製作を担ってきた。ただ自社のオフィス業務を効率化できても、鉄骨業界は多重下請け構造。様々な企業が連なるため商流全体で出来高や出荷管理の工数が嵩みやすい。鉄骨需要が落ち込む中、管理業務を効率化せねば業界そのものの持続が難しくなる。この危機感から生まれた国内初の鉄骨向け商流横断型管理アプリ「鉄骨#Compass(鉄骨コンパス)」が、いよいよ開発の大詰めを迎えている。
「『しわ寄せ請負人』としてやらせてもらってます」と、辰弥の川端佑弥取締役は笑う。大規模建築では図面の確定がずれ込み、後工程に時間的余裕がなくなることが珍しくない。ゼネコンから鉄骨製作を請け負った商社や他のファブリケーター(以下ファブ)が納期や価格で困り果てた時、その案件が「特急依頼」として同社に持ち込まれる。鉄骨生産能力は年間最大3万6000㌧(月産3600㌧、日産120㌧)と業界屈指。この“瞬発力”を支えるのが常時昼夜2交代制だ。
技術者中心に海外人材を100人以上雇用し、昼勤に加え夜勤が一次加工および溶接を受け持つことで、翌日の昼勤の加工を円滑に回す。同社は近年、国内では異例のノングレードからHグレードへの“飛び級”を果たした。受注形態からすれば認定を受けるメリットが薄いが、顧客からHグレード取得に対する強い要望を受け取得へ踏み切った経緯がある。この機動力で鉄骨業界の駆け込み寺として重宝されている。
特急案件の多くは情報が複雑に絡まった状態で持ち込まれる。図面の名称や必要な部材の数量間違い。手戻りを防ぐため鉄骨製作前に事務所で“前捌き”が必要だ。同社はまずこの工程をBIMやAutoCAD、さらに内製した工程管理アプリを駆使し徹底して効率化した。だが鉄骨業界は多重下請け構造で、ゼネコンの下に商社や大手ファブ、場合によっては何社ものファブが連なる。元請けの商社からすれば「誰がどの鉄骨を作っているか」が見えず、図面や出荷リストを突き合わせ確認するほかない。出来高・出荷管理コストは膨らみ、ファブ側も同様に工数が嵩む。国内鉄骨需要が落ち込む中、業界全体が疲弊していた。
自社のみの効率化では限界がある。商流をまたぐシステムが必要では。不動産デベロッパーから家業に戻り、危機感を抱いた川端氏が開発したのが鉄骨コンパスだ。既存の出来高・出荷管理ソフトは自社でのみ運用する“閉じた”構造で、複雑な商流とミスマッチがあった。何より「ロジックが綺麗すぎて痒い所に手が届かない」と川端氏は実感を込めて言う。「あらゆるしわ寄せを受けるポジションで、想定外の案件も沢山こなしてきた。経験から言えば綺麗なロジックほど現場で崩れる。現場の泥臭さを合理化するアプリは、現場を完全に理解しないと作れません」

川端佑弥取締役。建築構造学を専攻し新卒で不動産デベロッパーへ。京都府の大規模オープンイノベーション拠点のプロジェクトを推進したのち、家業の鉄骨ファブリケーターに戻り自社の効率化の必要性を痛感する。社内効率化にめどをつけたが、業界全体の効率化が進まない状況に危機感を覚え、鉄骨#Compassを開発。中小企業庁主催「第6回アトツギ甲子園」ファイナリスト
だからこそ鉄骨コンパスは内製にこだわった。言うなれば現場の“痛み”から生まれたアプリケーションなのだ。
■鉄骨業界を筋肉質に
鉄骨コンパスは鉄骨製作に付帯する様々な管理業務をスマホ1台に凝縮。システム内には一次加工の出来高と資材管理を担う「いちか」、組立の出来高を管理する「にじか」、スマホから車番と紐づく出荷品を選ぶだけで出荷リストをPDF化して顧客に自動送信できる「okulist」などの機能を実装した。

鉄骨#Compassは様々な管理機能を内包

鉄骨#Compassの実際の管理画面。案件ごとの進捗率がわかりやすく可視化されている
現仕様では図面や添付用のマグネットシートに埋め込んだQRコードを各工程の完了時にスマホで読み込むことで、案件ごとに最新の出来高と進捗率が2時間に一度更新され、同じアプリで商社や他のファブと共有できる。さらに製作にかかった工数を記録する日報機能と出来高管理を紐づけ、1日単位で累積原価を算出して見積額と比較する原価管理機能も備える。特急の鉄骨製作依頼はスピード最優先で、とにかく現場に出荷し過不足分は後で調整するなど、原価管理がどんぶり勘定になりやすかった。蓋を開けて初めて収支がわかる状況が是正できれば、赤字案件を回避して価格交渉するなど収益の向上につながる。

既に同社では鉄骨コンパスを運用し、受注した案件の鉄骨を出荷するまでの間接費を従来比約40%削減した。興味を持つ複数の商社と今夏以降に試験運用も進める予定だ。機能は現在も改善を続けており、実装されれば「取って代わることのできないアプリになる手応えがある」と言う。商社だけでなく一定の案件数を抱えるファブや、間接的に上流のゼネコン、デベロッパーにも利点が届くと見る。
国内鉄骨需要は2025年に343万㌧と節目の400万㌧を大きく割り込み、底割れも懸念される。建設コストは高騰するが鉄骨の加工賃は頭打ちで、人手不足もあり業界には閉塞感も漂う。だが管理業務のコストが下がれば、損益分岐点も下がり同じ仕事でも黒字が出しやすい筋肉質な構造に変わる。
「今は業界全体が暗い雰囲気ですが、鉄は必ず必要。前を向こうとする会社がより前向きになれば良いし、今は後ろ向きになっている会社にとっても『これ、面白いやん!』と、業界のカンフル剤になるような機能を今後も追加していきたい」。現場の痛みから生まれた鉄骨コンパス。鉄骨業界の羅針盤になるか。
(日本物流新聞2026年6月10日号掲載)