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けんかっ早いけど人が好き Vol.120 岩貞るみこ氏(自動車評論/作家)

投稿日時
2026/05/15 14:23
更新日時
2026/05/15 14:25

包丁を買いました

どんな仕事にも繁忙期というものがある。私の場合、季節的なものはあまりないのだが、本の原稿を書いている時期がそれにあたる。とにかく本のことばかり考えたいので、深海に深く沈むような生活だ。この間は友達をなくすんじゃないかと思うほど遊びの誘いを断り、黙々と書き続ける。そしてあと少しで脱稿という頃になると嬉しさのあまり突如、購買欲に襲われる。

併せて、高級まな板も買いました。とほほ。

なにが欲しくなるかというと、普段の生活とは関係のないものばかり。パン焼き機が欲しくてたまらなくなったときは玄米からパンが焼ける高級なものに惹かれ、大枚をはたいた。ところがそんな理由で買ったものだから一回焼いたら飽きてしまい、友人にあげるという始末だ。スカートなんてはかないくせに、突然欲しくなったこともある。これに合わせるセーターとともにこちらもげっというほど出したはずだ。もちろん、1回着たままタンスで眠っている。

今年は、包丁を買ってしまった。インスタをチラ見していたら何度も宣伝が目につき欲しくなってしまったのだ。正直なところ私は、自分で作る食事は火さえ通っていれば十分というタイプだ。宣伝ではシイタケの飾り切りとか、トマトを紙のように薄く切るとかしながら料理人が絶賛していたけれど、そんなものやったこともない。でも、衝動は抑えきれずぽちってしまった。届いた包丁を見たとたん、私は我に返った。買ったのはコンパクトな三徳ではなく、殺人事件の凶器になりそうな先の尖った大振りのものだったのだ。握ると重くとてもじゃないけれど使いこなせそうにない。またやったか。このまま誰かにあげてしまおうか。本気で友人の顔を何人も思い浮かべた。

ところがである。試しに使ううちにだんだんと手になじんでくる。大きいと思っていたのに、刃先と手元で、うまく使い分けもできるではないか。なにより私の大好きなカボチャが、キュウリを切っているかのごとくスパスパと切れる。さらにタマネギを切っても涙が出ない! カレーを作るたびに号泣していたのがウソのようだ。名刀、すごい。

渋沢何人分もする包丁なんて正気じゃ絶対手を出さないけれど、こういう出会いがあるのなら襲い来る購買欲に抗わないのもいいものである。



(日本物流新聞2026515日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)

神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『こちら、沖縄美ら海水族館動物健康管理室。』(講談社)