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「H2って1番軽い元素だよね?」阪神機器がゼロから始めた可搬型燃料電池開発

投稿日時
2026/09/28 10:29
更新日時
2026/09/29 20:27

どこでも使える燃料電池を水素普及の呼び水に

鉄工団地としては神戸市で最も古い「神戸鉄工団地」。この地で創業100年を迎えた阪神機器(神戸市西区)がいま、大手企業がメインプレーヤーの水素エネルギー領域に切り込んでいる。開発した小型純水素燃料電池システム「Hydro. eLife」は、静音かつクリーンな電気を供給できる可搬型発電機として、防災やイベント現場で活用が始まった。

なぜ中小企業である同社が前例のない水素事業へと踏み出したのか。プロジェクトを牽引してきた取締役の黄勝義氏は、「現状維持のままでは未来がない。社会課題を解決する主体にならなければ、次の100年は繋げられない」と熱を込める。

小型純水素燃料電池システム「Hydro. eLife」を展示会場に持ち込み、スポットクーラーに給電した事例

■100年企業が抱えた危機感

同社の歴史は100年前、ネジ・ボルトを扱う個人商店から始まった。戦前・戦後は規格ネジの大量生産で礎を築いたという。現在の事業は大きく3つ。電子基板や制御盤を手掛ける「電気機器」、建機向けの「板金塗装」、そして創業の原点である「機械加工部品」だ。現在では国内4拠点を構えるまでに成長を遂げてきた。

しかし2000年代、社内に危機感が漂い始める。このまま受託製造を続けて生き残れるのか。価格競争に巻き込まれる事業形態のまま、次の時代へ会社を繋いでいけるのか。

「このままで未来永劫、阪神機器が持つだろうか」

10年代に入ると同社は自社の強みを棚卸し、国が掲げる成長分野への参入を模索し始めた。電気事業で培った制御の知見や電力会社との繋がりを活かせる分野として、目をつけたのが「環境エネルギー」だった。

折しも15年、神戸市の後押しで「神戸水素クラスター」という組織が発足する。川崎重工業など大手が先行する中、「中小企業も水素で何かできるはずだ」と集まった有志とともに、阪神機器もすぐさま手を挙げた。

■「H2って1番軽いやつだよね?」

だが参入当時の実情は甘くなかった。

「当時は水素の知識なんて『化学記号のH2だよね』『1番軽い元素だよね』というレベルでした」と黄氏は苦笑混じりに振り返る。クラスターに参加した約20社のうち、実際に関係事業を手掛けていたのは1〜2社。まずは水素の扱いを学ぶ勉強会からのスタートだった。

2年ほど知識を蓄える中で、参加企業の間で「中小企業としてどこを出口にするか」が議論となる。多くの企業が水素ステーションに関連する「水素関連部品の製造」を考える中、黄氏の意見は違った。

「大手は自社の車やエネファームのために燃料電池を作っている。だが水素社会において、水素は『作る・運ぶ・貯める・使う』の4つの領域がある。使わなければ水素は広がりません。大手が独占するのではなく、中小企業が様々な分野に展開できる燃料電池発電システムメーカーになれたら絶対に面白い。じゃあ阪神機器がやります、と手を挙げたんです」

しかしいざ開発に乗り出すと、「燃料電池が手に入らない」という壁にぶつかる。大手に打診しても相手にされない。自社製品用に内製されているため、そもそも市場に流通していないのだ。

ツテを辿り何とか海外製を購入し、大手OBを招いて水素のノウハウを吸収しながら試作を重ねた。さらに「国産部品で固めたい」という強い想いから、構想を大手メーカーに何度もプレゼンして説得。19年、ついに国内製燃料電池の調達ルートを開拓した。

だが、国内製燃料電池を手に入れても開発は一筋縄ではいかなかった。

「メーカーで『レシピ』が全く違うんです。水素と酸素の取り込み量、水分の調整、圧力によって出力もバラバラで、どれも特有の『癖』がある。瞬間的な最大出力に供給が追従できるか、急な負荷変化に耐えられるか。試験を繰り返し、ノウハウ構築に2年かかりました」

初期の試作機は「部品を箱に詰め込んだ」実験台だった。外部電源で動かしていたが「発電機が他所から電気をもらってどうするんだ」と自問自答し、完全自立運転へ舵を切った。

技術的な鍵になったのは、強みの制御技術だ。発電時の生成水を冷却システムに還元・再利用する循環構造を組み込み、水が減りにくく排水も少ないエコな設計を確立した。騒音は50dB台とディーゼル発電機より大幅に静かで、排ガスのにおいも一切出ない。

22年度末、完成した「Hydro. eLife」を手に、黄氏らは現場へ飛び出した。

「イベントのキッチンカーに貸し出し、『クリーン電気で動いています』とPRしたり、スポットクーラーを動かし避難所での非常用電源のイメージを掴んでもらいました。実地で動かして初めて見える課題が沢山ありました」

こうした現場での実証を経て、同社が見据えるのは来るべき水素社会を後押しする役割だ。黄氏は次のように語る。「将来的に水素が普及期に入っても、海外からの輸入に頼るでしょう。船で運ばれるため沿岸部は水素インフラが届きやすいと思いますが、内陸部はインフラ整備が遅れ、特に小規模な事業所は『ちょっと試しに水素を使ってみたい』という選択肢から取り残されかねない。我々はそこで手助けができるように数kWのスモールパッケージの提供を目指しています」

高止まりする水素価格や運用コストを踏まえ、売り切りではなく「メンテナンス契約付きのリース・レンタル」として今年度中に本格提供を始める。

■水素キャリア研究も

阪神機器の挑戦は発電機だけに留まらない。水素社会の実現に向け、周辺技術の開発へも領域を広げている。

昨年度は「水素センサー用制御システム基板」の開発にも成功した。様々な機械を水素仕様へ改造する動きが広まる中、課題は「水素漏れの検知」だ。機械全体のECU(電子制御ユニット)を改修するのはコストも手間もかかる。そこで同社は、既存システムをいじらず後付けできる専用基盤を開発。最大4チャンネルのセンサー信号を受け、任意の漏洩濃度で停止信号を出す仕組みを作った。開発現場にとっては「これさえ付ければ後付けで安全に水素仕様化ができる」という画期的な製品だ。

さらに気体水素の約1000倍の密度で常圧貯蔵できる「水素吸蔵合金」を活用した発電システム(明石高専との共同開発)や、金属が脆くなる「水素脆化」の抑制技術(兵庫県立大学との共同研究)、液体キャリア「MCH(メチルシクロヘキサン)」と燃料電池の組み合わせ(北海道企業との連携)など、産学官・他社を巻き込んだ開発を次々と仕掛けている。

■社会に貢献するビジネスをやろう

泥臭いとも言える開発と事業化への熱意。なぜ阪神機器はこれほどの熱量で走り続けられるのか。黄氏はその原動力をこう語る。

「大学発ベンチャーの若者と接した時の衝撃が大きかったですね。起業家精神に富み、『社会課題の解決のために本気で挑む』熱量がすごい。片や自分たちはコテコテのものづくり。『負けていられない、社会に貢献するビジネスをやろう』と目が覚めました。100年会社が続いたのも地域や社会に助けてもらったから。そこに還元できるビジネスを作ることが、水素事業の根っこです」

23年には「神戸水素クラスター」の会長に就任。自社の利益だけでなく、会員企業38社や全国の企業を巻き込み、「市場全体を5倍にする」ために自ら全国を駆け回る。

「下請け仕事を否定するわけではありませんが、仮に受託だったら、水素事業は絶対に続いていません。『新しい水素社会を切り拓く主役になる』という想いがモチベーションです。言い出しっぺの人間が最初に動かなければ、他はついてきませんから」

水素活用が日本でいつ、どこまで広がるかは見通しが難しい。だが本格的な水素社会が訪れたときに、「我々には生き残るための武器がある」と黄氏は前を見据える。

次の100年に向け同社が描く持続可能な未来が、確かに見え始めている。

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取締役企画室長の黄勝義氏