オピニオン
日本生産性本部 生産性総合研究センター 上席研究員 木内 康裕 氏
- 投稿日時
- 2025/01/23 15:03
- 更新日時
- 2025/01/23 15:08
生産性アップには人材・設備への投資が必要
日本の労働生産性は世界に比べるとどうして低いままなのか。マクロおよび企業レベルの生産性計測・分析や日本経済論を研究分野とする木内康裕氏に聞くと「人材や設備への投資が減っている。投資もせずに生産性を上げろというのは都合のいい話」と返ってきた。
――日本の時間当たり労働生産性は低い状態が続いています。
「OECDデータに基づく2023年の値は56.8㌦(購買力平価〈PPP〉換算で5379円)。ポーランドやエストニアとほぼ同水準です。OECD加盟38カ国中29位で、2018年(21位)から22年(31位)にかけて急激に落ち込みましたが、23年に2ランク上昇し、順位低下に歯止めがかかりました」
――昔からそんなに低いわけではありませんよね。
「2010年代半ばくらいまでは実はカナダや西欧諸国より少し低いくらいでした。2018年あたりから急激に落ち込み、23年は若干戻してはいますが、やはり低迷しています」
――どうして落ち込んだのでしょう。
「理由は大きく2つほどあります。1つはコロナ禍に経済活動が自粛され、安心、安全が重視されました。一方でヨーロッパの自粛は日本よりかなり早く解除され、21年くらいから正常化に向かいました。コロナ前の18年、19年は別の要因があります。当時言われていた政策は1億総活躍。それまで働いていなかった高齢者や女性にも短時間でもいいから働いてと。ただ、働く人が増えましたが、経済は全然成長しませんでした。どちらかというとリセッション気味な状況でしたから。経済があまり拡大しない中で労働人口が増えると生産性は高まりません」
「デジタル化に対する日本企業の対応は遅れていると指摘されがちですが、モノづくりとITの産業は比較的進んでいます。製造業について、22年の労働生産性は8万678㌦と、イタリアやスペインとほぼ同水準です。実は2000年は日本の生産性は主要国の中で1位でした。この時期は生産効率が高く、より効果的に付加価値を生み出す仕組みが構築できていました。ところがその頃から中国や韓国の生産拠点が増え、価格競争に巻き込まれ、なかなか付加価値を生み出せなくなった。利幅を削って価格を下げながらそれらの国との競争が続き、15年くらいからは17位から19位という状況です」
――悪循環から抜け出せません。
「イタリア、スペイン、フランスなどと同じレベルということが悪いのか。なんとも言いにくいところがあります。2000年以降、付加価値を生み出せるようなイノベーションが日本発でどれだけあったのかと考えるとそれほどないと言わざるをえません。国内でモノをつくって輸出するというモデル自体がいま馴染むのか。iPhoneをつくったアメリカのアップルのような高付加価値のシステムを、日本のモノづくりに従事する人たちが本当につくろうと思うのかという問題もあります。海外生産にもっとシフトするとなれば、先ほどの日本の労働生産性は国内の数字なので海外に移転した分は入ってきません。7割を海外で製造してグローバル展開するメーカーの方と話をすると、『生産性はこんなに低いはずがない』とおっしゃるのはこのせいです。だから実態を把握するのは難しく、グローバル企業からすると数字と実体が少し乖離している面があることは否めません」
「国内の生産設備はどちらかというと更新設備。生産を拡大するための投資や新規投資はそれほど多くありません。やはり海外の方が多い。そのことと生産性の数字が多分リンクしていると思われます。やむを得ない部分がありますが、そんな状況のままでは生産性はやはり低いままで、経済的な豊かさや賃金の増加は見込めません」
■価値に見合った価格設定ができる環境に
――ではどうすればよいのでしょうか。
「日本の生産性が低い理由としてマクロレベルでよく言われるのは、イノベーションがあまり起きなくなったことと、人材や設備への投資が減っていることです。実は人材育成や教育訓練の投資額は90年代くらいが1番多く、減少傾向にあります。理由は色々ありますが、結局投資もせずに生産性を上げろというのはなかなか都合のいい話になります。やはり必要な投資はしないといけません」
「日本の場合、人口が減ってマーケットが小さくなるなかで、どうせ投資するなら外国でと考える企業が多いです。もう1つはおそらく重要な課題であり、これからのチャンスでもありますが、デフレが長く続いたことで諸外国と同じようなモノやサービスを提供しても価格にうまく反映できず、粗利(付加価値)が少ないことです。ただ、22年あたりからエネルギー価格が上がるのにつれて物価や人件費を上げようとする動きが顕在化するようになり、少し環境が変わってきました。機械の付加価値は上がっていますか?」
――自動化に伴い上がっています。たとえば工作機械は複合加工化とともに、従来だと機械単体で販売されていたものにコンベヤ、ガントリーローダー、ロボットが付いてシステムで販売されるようになってきました。
「自ずと機械単価は上がりますね。こうしたことがうまく回り出してきているので、物価上昇と相まって様々なモノの利幅がより大きくなるような価格設定が許容されるようになると、おそらく生産性は上がりやすくなり、がんばった分だけ価値を生み出せます」
(2025年1月25日号掲載)