松本興産、難加工を量産コストに落とし込む
- 投稿日時
- 2026/09/10 13:42
- 更新日時
- 2026/09/10 14:35
100年に一度の変革期を生き抜く現場力
加工現場を訪ねて
松本興産(埼玉県秩父郡小鹿野町)
緑樹青草が息づく埼玉県秩父郡小鹿野町。深緑のマイナスイオンが心地よく漂うこの地において、自動車部品をはじめとする切削部品加工で右肩上がりの躍進を遂げている松本興産。他社では出来ない難問に立ち向かう企業文化と、磨き上げた加工技術を属人化させないという姿勢を軸に、着実な成長を続けている。
取材にあたり、通されたのはモダンな雰囲気の社員食堂。そこでひときわ目を引くのが昭和テイスト漂う「MKK大運動会」のポスター。社員が社長チームと取締役チームに分かれて賞金100万円を争う、同社の一大イベントだ。

運動会のポスター
「運動が苦手な人や休みを別の時間に使いたい人もいますので、基本的に参加は強制していません。だいたい全社員の6~7割が参加する見込みです」
こう話すのは、同社生え抜きの工場長・森沢慎治氏。同社は職場の雰囲気からして、旧態然とした製造現場とは一線を画す風通しの良さを感じるが、ここに至るまでには様々な紆余曲折があった。
森沢氏が入社した約20年前はジョブトレーニングなどなく「仕事は目で盗め」といった職人気質が色濃く残る現場だった。圧倒的な理不尽が正義としてまかり通る、そんな環境に森沢氏も辟易していたという。

森沢慎治工場長
転機となったのは、難加工におけるプログラミングだった。「自分で作ったプログラムによって工作機械が動き、実際に製品が出来上がる。その一連のプロセスを経験したことで、面白く感じるようになった」という。同じ図面から同じ製品を作っても、機械のセッティングやプログラムの作り方によって品質が変わる。つまり、加工技術は技術者の力量がそのまま製品に表れる。森沢氏はそこに大きな魅力を感じた。
また松本直樹社長への代替わりも大きな影響を与えた。次から次と新しい仕事を獲得してくる2代目社長により、ともすれば閉鎖的だった職場は一変。社歴や年齢に関係なく成果を出した者が評価される「実力主義」の社風へと変化していった。
特定の職人しか機械を扱えない「属人化」した職場文化を嫌っていた森沢氏は、実力主義のもとで自ら上を目指し、体制そのものを変える道を選び、同社史上最年少で工場長に抜擢された。
「休日や夜間に技術者へ直接電話がかかってくるような属人的な働き方を解消するべく全社的な標準化・組織改革を断行し、マニュアル化を徹底した結果、現在は新規立ち上げを除く保守・修理業務を誰もが対応できる体制を築きました」
こうして仕事の標準化を果たした結果、現場作業が円滑になり、技能の平準化を実現。当然ながら機械の稼働率も上がり、結果的に会社でこなせる仕事が増え、売上アップへとつながっていった。
近年では社内で工具交換の情報を共有できるアプリケーションを森沢氏自らが開発。「ありそうで無かったので作りました」というアプリは、現場に即した機能と分かりやすさでオペレーターの作業負担を減らしている。

森沢氏が開発した工具交換情報共有アプリはタブレットで運用されている
■圧倒的技術力で受注を獲得
同社の成長を語るうえで外せないのが、自動車分野への参入だ。1970年の設立からしばらくは電子機器や時計の部品加工が中心で、自動車分野に本格参入したのは2000年頃と比較的遅い。現社長の松本直樹氏が自動車部品商社で培った経験を生かし、自動車部品加工に参入。自ら営業に動き、各地の企業を訪ねて仕事を開拓。現在は同社の売り上げの99%は自動車部品関連だ。
松本社長の営業スタイルを森沢氏は「とにかく難しい仕事を取ってくる」と苦笑する。だが、「難しい図面が現場に持ち込まれるたびに、『絶対にやってやる』と取り組んでくれる頼もしい技術者が揃っている」と胸を張る。
自動車分野への大きな足掛かりとなったのが、車載エアコン向け部品の加工だ。精度が出ずに困っていた顧客に対し、松本社長は「ウチならやれる」と引き受けた。高い精度が求められる量産品を、技術者とともに立ち上げたことが、その後の取引拡大につながっていった。
以降、順調に取引先を増やし現在では売り上げの約99%を自動車関連が占めるまでになった。100年に一度の変革期と言われ、浮沈著しい自動車業界だが、同社はパワーユニットに左右されない足回り部品を中心とした加工にシフトしている。
近年受注した自動車のショックアブソーバー関連部品の加工もそうだ。微細な油圧制御を実現するため、精度と難度の高い形状加工が求められる。森沢氏は「試作だけならできるが、量産ではコストが問題になる。要求される品質を満たしながら、量産可能なコストに落とし込む必要があった」と述懐する
そこで生きたのが、同社が長年培ってきた「自分たちで加工を作り込む」力だ。標準的な加工方法に頼らず、自社で最適な方法を考えることで、難加工のみならずタクトタイムの大幅短縮を実現した。
現在、同社の工場内で稼働している約90台の機械は全てシチズンマシナリー製。製品の材質や形状、求められる加工時間に応じて設備を使い分ける。アルミなど数量と高速加工の両立が求められる製品にはシンコムLシリーズを、切削負荷の高いワークや複雑形状のワークにはミヤノ機が用いられている。
森沢氏は機械の選定、導入条件として真っ先に挙げたのが「使いやすさ」だ。かつては他社製の自動旋盤も存在したが、特定の個人しか使えないという状況が生まれていた。そこで森沢氏は機械をすべてシチズンマシナリー製に統一。誰もが使えるよう、作業の標準化を図った。
同社の大きなアドバンテージのひとつが、「機械を入れて終わり」ではなく、プログラムやツーリングも含めて、自社でカスタマイズを行う点にある。製品に合わせて加工工程や工具、条件を選定し量産方法を確立する。これにより同じ機械を使用し、同じワークを削った場合でも生産量に大きな差が生まれるのだ。
■加工技術活かしたブランドの構築へ
同社は自動車関連の受注が順調な一方で、「いずれ価格では中国に勝てなくなる」という危機感も抱いている。社長自ら頻繁に海外へ足を運び、街を走る車種の傾向などを肌で確かめたうえで営業戦略に反映させている。さらに「乗ってみなければわからない」と社用車をBYDのEV「ドルフィン」にするなど、モノづくりの本質を深く理解するための投資を惜しまない。
将来的な「売上高100億円企業」を目標に掲げ、今後の自動車関連部品加工の拡大に加え、地域資源を生かした新規事業として自社ブランドを立ち上げた。
このブランド事業の技術的なルーツは、もともと同社が手掛けていた釣具部品の加工にある。ハイエンド釣具のパーツは切削加工で作られているケースが多いが、同社はかつてそれを手掛けていた。その際に意匠性の高い切削面やカラーアルマイト加工に関する知見を積み重ねていた。その技術を箸や酒器といった生活用品に応用し、金属でありながら色彩の陰影を持たせた工芸品のような深みを生み出したのが、「enovo」シリーズだ。このブランド名には、「時を超えて、人とモノの縁(えん)をつなぐ」 という意味が込められている。
製品開発では、精密機械加工の現場で培った図面の知見を生かし、箸であれば人間工学的な握りやすさを、酒器であれば組み合わせ方の工夫を、それぞれ図面には起こせない「感覚」の領域で作り込んでいる。
森沢氏は「部品をいかに部品っぽくなくして、工芸品として見せるか」を意識していると語り、切削だけで模様を彫り込む加工には量産部品にはない設計の難しさがあると明かかす。
現在はお箸、箸置き、酒器の3種類を上市。自社ECサイトで販売するほか、地元・小鹿野町のふるさと納税返礼品にも選出されている。


enovoの箸と酒器。いずれもECサイトから購入が可能だ。
その手応えに関して森沢氏は「まだ始めたばかりだが、価格的に簡単に買えるモノではないので、海外も視野に入れた販路を模索している。いずれはB2B、B2C双方で培った知見を活用し、会社の飛躍に繋げていきたい」と意欲を見せる。