DXは労働生産性アップの救世主か

EV(電気自動車)シフトが鮮明になり、DX(デジタルトランスフォーメーション)がじわじわ浸透し始め、GX(グリーントランスフォーメーション)にも社会的責任や持続可能性の観点から取り組まねばならなくなった。電動化やITの業界に新規参入する企業は多く、ますます激しくなる競争で優位に立つにはデジタル技術を駆使したDXによる生産改革や、グリーンエネルギーを採り入れたGXによる産業構造の変革が不可欠になるだろう。

【画像1】タイトルイメージ
【画像2】ホンダ初のEVである都市型コミューター「Honda e」
【画像3】電動駆動システム「電動アクスル」
【画像4】Amazon Go Seattle
【画像5】自動車の電動化に伴い必要になるインバーターケース(左)やモーターケース

ホンダ初のEVである都市型コミューター「Honda e」には軽量化と高剛性化のため車体には超ハイテン材が多く使われている。座席周りの保護ゾーンには780M~1180MPa材やHOTSTAMP材を使用(2022年7月に東京で開かれた「2022国際ウエルディングショー」から)

世界は脱炭素社会の実現を目指す方向にある(日本は2020年10月、菅義偉前総理が所信表明演説のなかで2050年カーボンニュートラルを宣言)。各国政府による表明を受け、大手企業を中心に脱炭素実現に向けた具体的な取組みが進められている。

とりわけ使用時にCO2を多く排出する自動車部門の取組みは喫緊の課題だ。政府は35年までに乗用車の国内新車販売をすべてEVなどの電動車(ハイブリッド車を含む)にする目標を掲げる。

自動車大手のEVシフトが一段と加速している。ホンダは今春、EVの開発や生産設備に30年までに計5兆円を投じると発表した。40年までに全車種をEVとFCV(燃料電池車)にする、日本勢で最も踏み込んだ目標を掲げた。

ガソリン車の比率が高いスバルも今春、EV専用の新工場(群馬県大泉町)を27年に稼働させると発表。同社の国内での工場新設は、1969年に稼働した矢島工場(同太田市)以来、約60年ぶり。設備投資額は23年度以降の5年間で約2500億円を見込む(ハイブリッド車向けラインなどを含む)。

EV普及には車両価格と充電スタンドが課題とされる。日産自動車と三菱自動車は今夏、価格を抑えた軽自動車のEV「サクラ」と「eKクロスEV」を発売した。ともに航続距離はフル充電で180kmとやや短いが、価格を200万円台半ばに抑えた。価格にこだわったのは三菱自が09年に発売した軽EV「アイミーブ」が売れなかったからだ。敗因の1つとされるのが460万円という価格の高さ。両社は今回、車を共同開発して基本的なつくりを同じにすることで部品のコストを減らして価格を下げた。

充電スタンドは今、全国に約3万基しかない。政府は30年までに15万基に増やす計画だ(このうち急速充電器は現在の約4倍の3万基)。石油元売り最大手のENEOSホールディングスは今夏、NECから充電器の運営権を取得するなどして充電事業を強化する方針を示しており、こうした動きはスタンド数の拡大は加速するかもしれない。

電動駆動システム「電動アクスル」はモーターやインバーター、ギアボックス(減速機と差動歯車装置〈デフ〉)からなる。CVT(無段変速機)市場で世界首位のジヤトコの佐藤朋由社長は電動アクスル2種を披露し、「2025年までに電動アクスル市場に参入し、30年までに500万台の販売を目指す」と話す(2022年5月に横浜市で開かれた「人とくるまのテクノロジー展2022 YOKOHAMA」から)




■目的が曖昧だと失敗に

日本企業の経営層で「危機感がある」とされるのは労働生産性だ。(公財)日本生産性本部(東京都千代田区)が2022年7月にまとめた「生産性課題に関するビジネスパーソンの意識調査」によると「労働生産性に対してかなり危機感がある」と回答した経営層は実に41%を占めた(従業員300人以上の組織で働くビジネスパーソン2746人を対象に2022年4~5月にインタネットで調査)。この理由として「仕事のデジタル化が進んでいない」「新しいことにチャレンジしにくい組織風土」が挙げられる。そこで現状を打破する取り組みとして経営者・管理職の多くが「新しいビジネスモデル創造」「イノベーションを起こす」べきとしている。

これを実行する手段がまさにDXだろう。単なる業務プロセスのデジタル化・IT化ではない。データやデジタル技術を使ってビジネスモデルや企業文化などを根本から変革していくことを示す。周りを見ればすでにフィンテック(金融サービスと情報技術を結びつけた革新的な動き)やシェアリングビジネス、サブスクリプションサービス(一定期間、定額でサービスが受けられる形態)、PayPayなどの決済システム……と様々な産業構造の変化が見られる。

単なるデジタル化でないからDXの実行は容易でない。デジタルソリューション提供で自動化を推進するABBYY(米ノースカロライナ州、日本法人は神奈川県横浜市)が2022年6月にまとめた国際調査によると、日本のIT意思決定者の66%は自動化プロジェクトの投資対効果に対する期待値が2倍と高いものの、実際の成功満足度は65%にとどまった。満足度のグローバル平均は84%で、日本の値は調査対象5カ国のうち最低だった(米、英、仏、独、日の企業のIT意思決定者1208人を対象に2022年3月に実施)。日本企業の成功満足度が低い理由として「目的が曖昧であること」の回答が最も多い17%を占め、部署間でも自動化導入の推進意欲に大きな温度差が見られたという。

■「人の知見」は会社の資産

「たしかに重要な武器だが、何のためのDXか。どこまでのDXが必要か、本当に必要なのかをよく考えてほしい」

そう訴えるのは東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授だ(2022年5月に東京都品川区がウェブで開いた「中小ものづくり企業の未来推進フォーラム」で)。「資金が潤沢にあれば次から次へとチャレンジして失敗してもいいが、中小企業にとってそれは難しい」と続けた。極端な話、「考えた末に必要ないという結論に至れば無理して採り入れなくてもいい」とまで明快に話す。

では柳川教授の考えるDXのポイントは何か。

「技術導入でなく業務分担の見直しが必要。つまり人をどう活用するか――ここにDXの本質がある」

柳川教授によると大きな設備投資が必要なわけではなく、スマートフォンの無料アプリでも十分できる。「まずはこのレベルで考えてほしい」と訴える。

考えるヒントになると柳川教授はこんな2つの事例を紹介する。1つはアマゾンが運営する食料品店「Amazon Go」。顔認証やICタグ、クレジットカード決済などを使ってレジを自動化したが、従業員を減らすのが目的でない。きっちりと商品説明をする人を割くためだ。「人をかけるべきところにはかけるという発想がある。ジェフ・ベゾス氏(アマゾンの共同創設者)のすごいところだろう」と見る。もう1つは航空会社のチェックインカウンター。ここでも省人化が図られているが、ファーストクラスやビジネスクラスには人を配置し丁寧に対応することで付加価値を高めている。これらの例から柳川教授はこう結論づける。

「経験で培われたサービスや製造部門の『人の知見』は差別化につながる会社の資産であり、大きな価値がある。自動化できるからといって解雇するのはもったいない。データの時代に移り人が軽視されがちだが、宝は現場に眠っている。人の知見はそのままでは生かせないこともあるが、必要なものをうまく探し出すことが重要だろう」

Amazon Go Seattle




EVや半導体向け設備投資は高原状態で推移

■ハイエンド加工機に活躍の場?

EV化とそれに伴う電子化はモノづくりを大きく変えることになる。そのためマイナスの影響を懸念する自動車部品メーカーは少なくない。

自動車用マフラーやボディ部品を開発・製造する三恵技研工業(東京都北区、連結従業員2720人)は「四輪の排気部品の生産はEV化により2030年以降減少し、35年に極端に落ち込み、40年までになくなる見込み。近年の状況を見ると電動化はさらに加速する」(秋山芳弘・営業部/部品部部長)と危機感を抱く。

一方、EV化が進んでもマイナス要因にはならないと見る生産財メーカーもある。内燃機関からモーターに変われば、必要とされる加工機が変わるだけ。需要(加工量)そのものは大きく変わるものではない、という考え方からだ。また精度と効率向上の観点から機上計測のニーズが増えており、これまで以上に多くの計測機が必要になるとも言われる。

マシニングセンタ(MC)や放電加工機、射出成形機と多様な加工機を手がけるソディックはむしろ、電気部品が増えることはプラスだと考える。

「EV化に伴って部品点数が3万点から2万点に減ると世間では言われているが、これから進む自動化に必要なステレオカメラや監視レーダー、LiDAR(光を用いたリモートセンシング)などの部品を量産するための金型を製作するために、当社のハイエンドな加工機が活躍する場が増える」(ソディック工作機械事業本部事業企画統括部の青木新一副統括部長)

自動車の電動化に伴い必要になるインバーターケース(左)やモーターケース

このところ工作機械受注が高水準だ(2022年3月分から5カ月続けて1400億円超)。(一社)日本工作機械工業会の稲葉善治会長(ファナック会長)は好調な受注について、「国内自動車向けが上向いているのはEV化のための新規設備だろう。これから数年は需要を引っ張っていく」と見る(5月30日の月例会見)。加えて生産性を向上するため、工作機械はロボットとの組合せや5軸・複合加工機への置き換えが一層進んでいくという。

EVの巨大市場である中国では、コロナ禍で上海がロックダウンとなるなど不安な要素もある。だが、稲葉会長は「私の肌感覚だが」と前置きしたうえで、「ロックダウンを受けても投資意欲はまったく衰えていない。ロングレンジで見ればEVや半導体のための設備投資は高原状態で推移する」と話す。

■日本製半導体装置販売、初の4兆円へ

日本製半導体製造装置の販売額はついに4兆円を超えそうだ。(一社)日本半導体製造装置協会(SEAJ)が7月7日まとめた需要予測によると、22年度の販売額は前年度比17.0%増の4兆283億円になるという。ウクライナ紛争の長期化やインフレ加速による個人消費への影響、サプライチェーンの混乱と部品不足は続いているものの、「大手ロジック・ファウンドリー、メモリーをはじめとした積極的な投資姿勢は維持されている」とし、2022年1月の予測額よりも5千億円弱上積みした。

同日の会見で牛田一雄会長(ニコン取締役)は需要はまだ拡大するとの見方を示した。「中長期的にDX、自動運転を含めたAI、GXなどの拡大がけん引役となる。半導体を使ってエネルギー消費を抑えるとともに生産性を向上させる必要がある」と話した。半導体調査統計専門委員会の吉川秀幸委員長は市場のけん引役として5G・ハイエンドスマホ、データセンター、グリーンデジタルなどを挙げ、「データセンター向け需要などは右肩上がりに拡大し、半導体装置の需要は新しい局面に入っている」と見る。23年度および24年度はともに同5.0%増を予測する。

(日本物流新聞 2022年9月10日号掲載)

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