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けんかっ早いけど人が好き Vol.119 岩貞るみこ氏(自動車評論/作家)

投稿日時
2026/04/24 16:21
更新日時
2026/04/28 10:36

悪夢

その時、私は焦っていた。いや、焦るどころではない。大ピンチである。あろうことか、講演会のダブルブッキングをしでかしたのだ。しかも、会場が同じ! 別の場所ならば片方に仮病でも使ってドタキャンもできようが、双方の関係者にばっちり姿を見られている。時間が多少ずれていればいいものを、これまたばっちり同じ時間帯なのだ。

宗一郎氏はそういうけれど、困るのは困るのよ。

こっそり、それぞれの控室に顔を出すものの事態が変わるわけじゃない。「そろそろ始めます」と司会者に促されるも、始めるわけにもいかない。

「ちょっと待ってください」。そう言ってそれぞれの会場を行ったり来たりするものの、開始時刻が過ぎていく。いずれの会場の来場者も最初はいいものの、30分ほどたったころには帰り始めた。そりゃそうだ。こんなことなら、とっととどちらかにごめんなさいをして、ひとつだけでも完遂すればよかった!

と、胃がめくれあがったところで目が覚めた。ぬおお、夢でよかった……。

私は、締め切りに追われるとよくこうした夢を見る。たいていは飛行機に乗り遅れる夢だ。しかも帰国便。これに乗り遅れたら日本に帰れないという状況に真っ青になるパターンである。今回は、大きな仕事をふたつ抱えていた。最初に引き受けたものをギリギリのタイミングで進めていたのだが締め切り一週間前に、どうしても断れない案件が、あろうことか同じ締め切り日でねじこまれたのである。

私は手帳を見つめた。どちらを先にやるか。

私は原稿を書くとき、まず草稿を書く。草稿とはとりあえずざーっと最後まで書いたもので、翌日以降に改めて読み返しながら完成させるのだ。いわゆる夜、書いたラブレターを朝、読み返したら恥ずかしくて書き直すというパターンに似ている。勢いで書いた文章は気合だけということが多いからだ。

今回も二つの案件を同時進行させた。一日おきに書いて読みなおして書き直す作業である。進行具合は両者おなじ。そしてどちらも締め切りに間に合うかぎりぎりだった。そして見たのが、先の悪夢である。夢のなかの講演会は、どちらも結局放り出したが、現実はそうはいかない。ええ、ふたつともきっちりと書き上げましたよ。えらいぞ、私!



(日本物流新聞2026年4月25日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)

神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『こちら、沖縄美ら海水族館動物健康管理室。』(講談社)