連載
豊田自動織機 中林 茂 さん
プレス金型製作のリードタイム14週間短縮
- 投稿日時
- 2026/04/10 15:08
- 更新日時
- 2026/04/10 15:35
職人を無くすのが職人最後の仕事
豊田自動織機の中林茂ダイエンジニアリングセンター工機課課長は、新型車種の生産準備において車両全体での品質保証を深く追求し、外観見栄え品質(面品質)造り込みのノウハウを体系化した。その結果、面品質における課題の早期収束を可能にし、金型製作のリードタイムを14週間(約35%)短縮するという成果を上げた。
プレス型製作は「一品一様」の世界であり、すべての工程に熟練の技が求められる。特に仕上げ工程は、長年の経験に基づく「カン・コツ」が製品の出来栄えと工数を大きく左右する。匠の技能をいかに次世代へ繋ぐのか、中林氏にその取り組みを聞いた。

豊田自動織機 ダイエンジニアリングセンター工機課 課長 中林 茂 さん
プレス型に求められる品質の中でも、最も難易度が高いのが「外観面品質」の造り込みだ。これは、成形されたパネルがデザイン通りの見栄えになっているかを指す。
パネル成形時には、材料の伸び・曲げ・圧縮に伴い、局所的な「座屈(歪み)」が発生する。例えばドアの取手部のような凹形状付近では、この座屈によってハイライト(光の反射)の流れが歪んで見えてしまう。この歪みに対し、あえて型の形状に微細な凹凸を加えることで、パネルをデザイン通りの滑らかな流れに導くのが仕上げ工程の要諦である。
中林氏は語る。「一枚の鉄板から形状を作る際、必ず歪みが生じます。寸法精度であれば型を1ミリ修正すれば製品も約1㍉変わりますが、デザインの流れ(面品質)はそうした1対1の関係ではいきません。ここが『カン・コツ』の領域であり、企業の競争力になります」。
一例として、面が凹んでいる場合、通常は凹みと逆方向に膨らませる見込みを入れると考えがちだが、あえて膨らませたい側の型を盛ってコツンと当てることで、プレス品特有の現象を利用して凹みを修正することもあるという。(※模式図参照)

シミュレーション技術が向上した現代でも、こうした微細な現象を完全に再現するのは難しい。中林氏らは、市販の工具では捉えきれない曲率(面の凹凸)を判別するため、独自のバリエーションを持たせたオリジナル工具を自作した。
「絞り型にはミクロン単位の段差が生じることがありますが、通常の油砥石で面を通しても視覚化できません。曲率に合わせたダイヤモンド工具などを用いることで、成形前に不具合を顕在化させることに成功しました」
かつてはデザイン通りのデータで製作した型を手作業で修正し、500時間を超える工数を要することもあった。現在は、シミュレーション(CAE)予測に現場の経験値をフィードバックすることで、手戻りを激減させている。
「シミュレーションは剛体として計算しますが、実際の鋳物は『息をしている』、つまり生き物のように逃げ(変形挙動)が生じます。圧力も一定ではありません。計算上の0.2㍉の凹みに対し、現場の感覚では0.1㍉だと判断し、設計へ精度高くフィードバックすることが重要です」
技術の進化により「不具合」そのものが減少したことは、皮肉にも若手にとっての「生きた教育」の機会を奪うことにもなった。そこで同社では、あえて不具合が顕著に出る「教育型」の活用や、2018年からは独自の「仕上げ認定制度(A〜C級の5段階評価)」を導入している。
■若手とAIにカン・コツを継承
人材育成において中林氏が重視するのは「認めること」だ。「褒めることも大切ですが、それ以上に『できなかったことができるようになった過程』を認めることが、本人の前向きな意識に繋がります」
平成25年に「トップガン育成組織」を設立し、仕上げ工程のノウハウを標準化。必要スキルや評価基準を整備した。
「全員がミクロン精度を極める必要はない。本人の志向に応じた育成が必要」とし、トップレベル技能者は1割に満たないという。

曲率を確認するための「当て摺り板」
中林氏は「理想は職人技が不要になること」と語る。解析精度の向上により割れや皺(しわ)、0.1㍉単位の精度領域ではすでに職人の修正が不要となることも増えている。一方で、ハイライトの通り方といったミクロの外観品質は依然として人の感覚に依存する。
今後は技能のデータ化を進め、AIやシミュレーションへの展開を目指す。大型金型を剛体ではなく荷重による変形を考慮した弾性体として扱い、連成も含め解析すれば膨大な時間がかかる。またミクロン単位の面品質を評価できる測定手段も限られている。
「計算や測定では捉えきれない領域を人間は感覚で見ている。我々の職人仕事をシステムに落とし込み、属人性をなくしていくこと。それこそが、我々匠の最後の仕事です」と中林氏は笑顔で締めくくった。
少年野球で学んだ
中林氏は、少年野球の指導経験から得た知見を職場の人材育成に重ねる。強いチームや組織を作る鍵は、技術の強制ではなく「いかにその物事を好きにさせるか」という意識改革にある。指導の本質は、できないことを責めるのではなく「できる方法」を教え、成功体験による喜びを自発的な意欲へと繋げること。本心から「上手くなりたい」と思わせる前向きな姿勢を引き出すことが、指導側の最大の役割だと考えている。
(日本物流新聞2026年4月10日号掲載)