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ジャパンハイドロ、高難度の水素タグボード竣工、水素船普及へ大きな一歩

投稿日時
2026/03/31 16:35
更新日時
2026/03/31 16:38

技術の水平展開に期待かかる

EVの動向が取り沙汰される中、海運でも燃料転換の圧力は年々高まっている。アンモニアに水素にメタノール。次世代燃料の選択肢が並ぶ中、国内初の水素混焼エンジンタグボート「天歐」が竣工した。タグボートは巨大な船舶を接岸させる船だ。ふだん目にする機会も少ない。だがこの挑戦が実は、次世代燃料船の普及に向けた重要な試金石だった。

青沼裕CEO、国内初の水素混焼エンジンタグボート「天歐」を前に

2月中旬、広島県福山市の常石造船構内。穏やかな瀬戸内海に天歐が浮かんでいた。開発主体は常石グループとベルギー・CMB社による合弁会社ジャパンハイドロ。注目されやすい旅客船でなくタグボートをこのタイミングで社会実装したのは「合理的な理由がある」と青沼裕CEOは明かす。

タグボートは特定の港で稼働する「港付き」の船だ。この特性が、普及の初動で利点になる。燃料電池車が直面する水素ステーション不足は、船の世界でも同様。広域を航行する船は各地に供給網を要するが、港湾内で完結するタグボートなら供給拠点は一カ所でよい。

船舶設計の常識も逆手に取った。通常、船が重くなると積載量が減るが、曳航が仕事のタグボートは重さがむしろ安定性に寄与する。水素設備という「重石」をプラスに転換できる、相性の良い船種だった。

何より、最初に高いハードルを越えることで、水素エンジンの水平展開に弾みをつける狙いがあった。タグボートは数千馬力のパワーを要し、急発進に急加速と極端な負荷変動を日常的に繰り返す。「内航貨物船並みの出力で厳しい操作に耐えられれば、技術の水平展開に強い説得力が生まれる」。実際、この知見は既に水素エンジン搭載のカーフェリー計画へとつながっている。

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天歐は高出力の水素混焼エンジン(2200馬力)を2基搭載する

天歐は水素専焼ではなく重油と水素を併用する混焼方式だ。混焼としたのは安全面と経済性から。「水素系統に不具合が生じても、瞬時に重油に切り替えて航行できる」。推進力を失えば大惨事につながる船舶で冗長性の確保は優先度が高い。さらに供給不安の水素を使い切っても稼働できることは、資産としての償却を早めることにもなる。

■浮かぶインフラが普及の鍵

船の開発と並行し、同社が注力するのが「浮かぶ水素ステーション」だ。陸上の水素ステーションは用地確保や住民理解などハードルが高い。台船上にステーションを設ける洋上方式なら、場所の制約を受けず各地の港湾へ曳航して展開できる。「水素供給の選択肢まで用意するのが我々の責任範疇」。ハードとインフラをセットで提供することで、実運用の制約を取り払う考えだ。

もっとも、普及への道筋は平坦ではない。建造費、水素価格とも高止まりしたままだ。青沼氏は「経済合理性がなければ普及は難しい。カーボンプライシングなど、水素エンジン船に経済的なインセンティブを与える人為的な仕組みが必要だ」と言い切る。

国交省は2030年までにゼロエミッション船の商用化を掲げるが、船の耐用年数を考えれば残された時間は少ない。船舶業界では初物に挑んでリスクを引き受けることを「一番風呂」と呼ぶ。天歐で一番風呂に入った同社はその知見を常石グループ以外の造船所とのプロジェクトにも活用することで普及を加速化させたい考えだ。

「普及が最優先」。青沼氏に技術を囲い込むつもりはない。「10年後には主要港湾に、次世代燃料船が普通に『いる』状況になっていなければ」。海事産業の未来を懸けた試行錯誤が続く。



(日本物流新聞2026325日号掲載)