オピニオン
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 (か りゅう)氏
- 投稿日時
- 2022/05/26 14:24
- 更新日時
- 2024/08/19 13:19
上海の都市封鎖と経済への影響
コロナ禍が発生してから2年半経過した。感染はまだ終息していないが、多くの国では、予防策を講じながら、コロナ禍前の日常を取り戻している。そのなかで唯一硬直的なゼロコロナ政策を取っているのは中国である。中国では、数人ないし数十人の感染者が見つかっただけで町全体が封鎖されてしまう。そのうえ、全員に対して繰り返してPCR検査を実施する。
多くの外国人にとって中国でどういう政策が取られようと対岸の火事に過ぎない。問題は、上海という経済のセンターが封鎖されてしまっていることである。少なくとも日本にとってそれは対岸の火事ではないはずである。上海に中国、否、世界最大のコンテナー港があり、その周辺地域と一体となってグローバルサプライチェーンの要の役割を果たしている。上海が封鎖されてしまったというのはエレクトロニクス産業などのサプライチェーンが寸断され、世界経済に深刻な影響を与える可能性がある。
なぜ中国政府は硬直的な都市封鎖政策を取らないといけないのだろうか。
理由の一つは医療崩壊を心配しているからであろう。中国には日本のクリニックや診療所のような小規模病院が少ない。人々はちょっとした病気でも大病院に押しかけてしまう。コロナウィルスの感染が拡大すれば、コロナ患者以外の病気の患者は治療を受けられなくなる恐れがある。
事実、上海の感染状況をみると、ピークのとき、1日最多で2万人以上の感染が確認され、医療システムは崩壊してしまった。人工透析などの患者は治療を受けられなくて命を落とす事例も報告されている。問題は上海で実施されている都市封鎖は人々の行動を制限するだけでなく、食料品スーパーなどのライフラインを止められてしまったことである。数日間なら封鎖されてもそれほど深刻な問題にはならないが、1か月以上封鎖され、住民の多くは食糧難に陥った。
上海の人口は2600万人に上るといわれている。上海市政府は市場に代わって食料品を配給しようと考えているようだが、まるでドン・キホーテのようだった。上海市政府は自らの能力を過大評価しているといわざるを得ない。そのうえ、都市封鎖を実施するのは、警察官と区役所と居民委員会(日本の自治会や町内会に相当する)である。
■ウィズコロナ転換に期待
民主主義の国では、住民の行動制限を実施するには、法的根拠を示す必要があるが、中国社会では、遵法精神が希薄でどちらかといえば、正しいことをする場合、法的根拠など必要がないとの考えが定着している。否定のできない事実だが、一部の地方幹部は食料品の配給にあたって、不正行為があった。怒った住民に対して一部の警察官は暴力を振るう。
もう一つの問題は無症状でも陽性と確認された人の集中隔離が実施されている。「方艙医院」と呼ばれる臨時隔離施設をみると、三密な常態だけでなく、トイレや洗面などの水回りの衛生状況が悪く、逆に感染を助長していると推察されている。
なによりも中国政府が実施するゼロコロナ政策についてウィルスが変異していることをいっさい考慮していないことが問題である。当初のアルファ株や2021年のデルタ株と違って、今のオミクロン株は感染力が強いが、重症化の可能性が低い。だから多くの国はウィズコロナに方針転換している。
あらためて都市封鎖の影響をみてみよう。物流、人流と金流がほとんど寸断されている。それによって長江デルタ地域の経済は間違いなく停滞している。そして、生産年齢人口がすでに減少する中国で人件費が上昇している。もともとサプライチェーンの再編を考えている外国企業の中国離れが一気に進む可能性がある。外国企業は中国を離れてしまうと、短期的には戻らない。
中国のコロナ対策の決定をみると、科学者や医学者の意見よりも政治指導者のトップダウンによるところが大きい。政治指導者は間違って決定を下しても、それを改めることができない。これは一党支配政治の弱点である。しかし、都市封鎖の弊害はすでに明らかになっている。このまま続くと、共産党の統治体制が脅かされる恐れがある。一日も早くウィズコロナに方針転換するのを期待したい。
(2022年5月15日号掲載)