オピニオン
三井住友トラスト基礎研究所 投資調査部 副主任研究員 中原 香織 氏
ナフサショックと構造的インフレがもたらす建材価格高騰の行方
- 投稿日時
- 2026/06/29 14:13
- 更新日時
- 2026/06/29 14:19
オフィスビルや物流施設、マンションなど、幅広い用途において、建設コストの上昇が事業計画に影響を及ぼしている。この背景には、人手不足による労務費の上昇に加え、近年の建設資材価格の高騰がある。

プロフィール
なかはら・かおり 東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。2008年、日本銀行に入行し、国際局・調査統計局にて、統計・経済調査業務に従事。2026年、三井住友トラスト基礎研究所に入社し、マクロ経済、不動産投資市場の調査・研究業務を行う。米ジョンズホプキンス大学大学院にて応用経済学修士号を取得。
2020年に入り、新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、米国では、在宅勤務をするようになった市民が郊外に住居を新規購入したり、家をリフォームしたりする動きがみられ、建設需要が拡大した。2021年には、米国を中心に世界的に木材価格の需給が逼迫したことに起因し、木材価格の高騰、いわゆる「ウッドショック」が発生した。住宅建設に使う木材の半数程度を輸入している日本では、輸入木材価格の高騰につられ、国内製材・合板などの価格が大幅に上昇した。
その後、世界経済の回復に伴う需要増加やロシア・ウクライナ情勢の影響を受け、鉄鉱石や原料炭、原油、天然ガスなどの資源・エネルギー価格が上昇した。これにより、鋼材やセメント、ガラスなどの製造コストが増加し、建設資材全般に価格上昇圧力が広がった。

さらに、2022年以降の円安進行により、エネルギーや、木材、金属、化学製品など輸入依存度の高い原材料の国内価格が押し上げられたほか、海上輸送費の上昇や物流網の混乱も輸入コストの増加要因となった。
■ナフサショックによる建材価格上昇・供給制約
2026年、中東情勢の緊迫化に伴い、ナフサ由来の石油化学製品の供給制約や価格高騰について懸念が広がっている。帝国データバンクの調査では、国内製造業の約3割がナフサ由来製品の調達リスクに直面する可能性を指摘され、住宅建設においては、塗料に使われるシンナー製品、配管等に使われる塩化ビニール樹脂、住宅用断熱材、ユニットバス等への影響が既に見られている。
住宅の建設資材におけるナフサ由来製品の割合を見ると、該当する「プラスチック製品等」、「化学・石油製品、塗装材料」が建設資材総額に占めるシェアは、6~10%程度と限定的である。また住宅購入者が負担するのは、建設資材価格に建設労働者の労務費等も加味した金額になるので、これを踏まえれば、ナフサ由来製品の割合はさらに小さくなる。しかし、足元では一部の製品はすでに数十%を超える価格上昇も見られており、上昇幅は大きい。仮にナフサ由来製品の価格が50%上昇した場合、上記のシェアを前提とすれば建設資材価格は+3~5%上昇することになり、住宅価格への一定の影響は避けられない。さらにナフサ由来製品の価格上昇による直接的な影響以外にも、住宅価格の大半を占める鉄鋼、セメント、木材等の価格が、原油価格高騰や円安を通じて上昇する可能性もある。
またナフサは、建設資材として用いられるまで、多段階の工程が必要である。まずはエチレン等の基礎化学製品に加工され、第二段階としてポリエチレンや溶剤等の川中製品の製造に利用される。その後プラスチック製品、ゴム製品、塗料などの製造に利用されて、最終的に建設資材に用いられる。しかもナフサの品質の違い(軽質、重質等)によって分解時に得られる基礎化学製品の比率が変わる。こういったことから、ナフサ自体の総量が十分な場合でも、個々の企業が必要とする特定の製品で目詰まりを起こしていることが想定される。政府はこうした目詰まり解消に向けて、代替調達を進め、支援強化を表明しているものの、中東情勢の懸念が払拭され、サプライチェーンが相応に安定化するまで、建設資材の価格高騰のみならず、供給懸念も継続する恐れがある。
今般の建設資材費高騰は、購入者に多少なりとも転嫁されることになる。受注者側が利益を圧縮して転嫁を抑える可能性も否定できないが、足元の原材料費の上昇幅の大きさや、中東情勢前から継続している人手不足による人件費の上昇を考慮すれば、受注者の負担余地は限定的である。例えば2022年のウクライナ危機以降、建築費高騰局面で住宅開発事業者は、特に首都圏においてマンションの新規供給を抑制することで、需給バランスを保ち、原材料費の住宅価格への転嫁を実現してきた。ただし、この背景には、インフレに見合わなかったとはいえ、賃上げが継続的に行われてきたことや、企業収益の改善により株価上昇が続いたことも相応に寄与していたと考えられる。
今回のような環境下で、建設業界全体として持続的に事業を継続するためには、一部企業の資材費・労務費へのしわ寄せが起こらないように、公共工事におけるスライド条項に代表されるような、価格変動リスクを発注者・受注者で適切に分担する仕組みの浸透が重要となる。また、価格高騰を一時的な現象と捉えるのではなく、高価格が継続する、もしくは価格は変動的であるという前提のもと、価格変動への対応力そのものを競争力の一部と捉え、調達方法の見直しや生産性向上、資材使用の効率化を進める必要があるだろう。
(日本物流新聞2026年6月25日号掲載)