オピニオン
愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠
豊かな国民生活の実現が重要戦略課題に
- 投稿日時
- 2026/05/15 16:01
- 更新日時
- 2026/05/15 16:09
中国政府は今年3月の全国人民代表大会(日本の国会に相当)で、2026~30年の5カ年にわたる中国の経済・社会の運営方針を示した第15次五カ年規画(以下、15・5規画)を正式に採択した。同規画では「2035年までに一人当たりGDPを2020年の2倍とし、中位の先進国レベルに到達する基盤を築く」という主要目標が提示された。一人当たりGDPは平均所得と強い相関関係があることから、同規画は中国国民を豊かにすることを意識した発展戦略とみることができるだろう。

あべ・ひろただ 20年間の日本貿易振興機構(JETRO)勤務を経て2011年から現職に。JETROでは北京、上海、青島に計10年間駐在し、日系企業の中国進出を支援したほか中国市場を調査。1968年生まれ。
なお、「2020年の2倍」との文言は、前期規画にはなかった、新たな具体目標だ。中国国家統計局のデータによると、2020年の1人当たりGDPは7万3338元で、その2倍は14万6676元に相当する。2025年の実績(9万9665元)をもとに単純計算すると、2035年までの10年間で年平均4%増加を確保すれば達成できることになる。
もっとも、コロナ禍後、内外さまざまな要因から減速傾向が続く中国経済にあって、この目標の達成は容易なことではない。特に長期化する米中の経済対立、日中関係の悪化といった目下の対外環境下では、外需に多くを期待するのは難しく、引き続き内需拡大を主動力とした政策を実施していくことになろう。
■「銀髪」経済の発展加速に本腰
15・5規画で掲げられた各種発展戦略をみると、主要な戦略項目の構成は14・5規画と大きくは変わっていない。そのうえで、筆者としては国民の豊かさ、幸福感に直結する国民生活の向上に関する戦略に注目したい。具体的には、高齢者人口をターゲットとした「銀髪(シルバー)」経済の発展への取り組みだ。
2025年末の中国の高齢者人口は60歳以上が3・23億人、65歳以上が2.24億人(高齢化率15.9%)。国連の世界人口推計(2024年版)によれば、高齢者人口(棒線)は今後、増加の一途をたどり、2058年に現在の約2倍の4.24億人でピークに達する(図参照)。また、各年の前年比増加人口(折れ線)は2028年から1千万人の大台に乗り、以後2037年までの10年間、この大台を継続する見通しだ。つまり、15.5規画は高齢者の大幅拡大期に突入する時期と符合する。

この「高齢者人口ボーナス」ともいえる人口動態の波を捉えて、タイムリーな「銀髪」経済発展に資する政策を打ち出していくことは、国民生活の向上に加えて、内需拡大による経済成長に寄与することが期待される。
■介護保険制度を3年前後で全国展開へ
一方、中国は今後急速に高齢化が進行し、2034年前後には高齢化率21%超の「超高齢社会」を迎える。中国政府はこれまで、各種社会保障制度の整備を進めてきたが、その代表格が介護保険制度だ。介護保険は中国では「長期護理保険」と呼ばれ、年金、医療、失業などに続く第6の社会保険と位置付けられている。
中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁は今年3月下旬、「長期介護保険制度の確立を加速することに関する意見」(以下、意見)を公表し、3年前後で長期介護保険制度を基本的に確立するよう求めた。
長期介護保険制度は2006年に初めて導入が提案され、2016年には13・5規画(2016~20年)において導入の検討と試行が明記された。これを受け、吉林省長春市、上海市、山東省青島市など15都市がパイロット都市に指定されるなど、部分的かつ段階的に試験運行が進められてきた。
中国の60歳以上の要介護高齢者は約3500万人とされる。高齢化の進行が加速していく中で、長期介護保険制度の全国展開の道筋を示した「意見」は、大きな意味を持つ。また、「銀髪」経済の発展においても、介護関連商品・サービスの消費拡大をもたらす推進力となる。さらには、同制度の全面実施は第2次所得分配の改善を促すことになり、中国の建国100周年に向けた長期目標「共同富裕」の実現を後押しすることになろう。
(日本物流新聞2026年5月15日号掲載)