オピニオン
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏
中国経済のデフレ進行と日本への影響
中国政府が公表した2023年の実質GDP伸び率は5.2%だった。それを支えるはずの個人消費、投資と国際貿易はいずれも軟調に推移したため、実際の成長率は公式統計を遥かに下回っていると思われる。米国シンクタンクのラジウムグループの推計によると、同年の中国経済の成長率は高くても1.5%程度とみられている。
経済成長を妨げる要因として、3年間のコロナ禍で数百万社の中小零細企業が倒産し、その影響で若者の失業率は高止まりしていることである。雇用の悪化によって家計は生活防衛に走り、貯蓄率が上昇している。消費が控えられているため、供給過剰と需要不足が同時に起きて、デフレが深刻化する可能性が高くなっている。
2024年4月。米国イエレン財務長官は北京を訪問し、中国政府高官に「デフレを輸出する行為を看過しない」と伝えたといわれている。同時に、ヨーロッパの国々も中国政府の補助金問題を調査していると発表。
3月に開かれた全人代で李強首相は政府活動報告のなかで2024年の成長目標として5%前後と掲げた。しかし、5%前後の成長目標を達成するには、内需不足を克服すると同時に、外需を刺激しないといけない。中国政府はEVメーカーに対して巨額の補助金を支払っているとみられている。欧米企業は中国企業との値下げ競争に負けて、新規投資とさらなるイノベーションができなくなるおそれがある。中国政府の補助金問題は欧米諸国と中国と対立する新たな火種になりかねない。
しかし、国際情勢は中国政府にとってきわめて不利になっている。まもなくアメリカ大統領選挙が本格化する。このままいくと、トランプ氏が当選する可能性が高い。トランプ氏が当選すれば、中国に対する制裁措置を一段と強化する可能性が高い。そうなった場合、中国政府の補助金による輸出振興は機能しなくなる。
■日本が経験したデフレとの違い
中国の内需に目を転じると、不動産バブルが崩壊しているため、経済成長をけん引するエンジンが弱くなっている。中国政府は経済成長を支える新たな柱を強化しようとしている。具体的に(1)EV(2)リチウム電池(3)太陽光発電設備の三本柱である。この三本柱は内需だけでは不動産市場の落ち込みを補うことができないため、輸出しないといけない。そこで政府補助金が出てきた。
しかし、新しい技術のイノベーションについて、その主役は政府ではなく、企業であるはずである。政府は補助金でイノベーションを推進すると、企業は補助金の獲得に躍起となってしまう。中国内外のマスコミの報道でもすでに明らかになっているが、政府補助金を手に入れたEVメーカーは販売されていないたくさんの新車が「車の墓場」に廃棄されている。統計上、2023年、中国で生産販売されている車の台数は3000万台に上るといわれているが、廃棄された車が含まれている。
中国政府はデフレに対処するために、車や家電などの買い替えを勧めている。しかし、生活防衛に走っている家計にとって今、買い替えするよりも、来年ないし再来年買ったほうが安くなるため、買い控えが強まっている。これは典型的なデフレ現象である。
今、中国政府を悩ませているデフレとこれまで日本が経験したデフレと比較して、一つ大きな違いがある。それは外国企業が工場を海外に移出していることである。地場企業の技術レベルは中低レベルのものが多い。ハイテク技術のほとんどは外国企業が握っている。習政権は反スパイ法を改正して施行している。これは外資の中国離れに拍車をかけている。将来的に中国経済は回復期に入ったとき、回復力が弱く、成長軌道に戻るのに時間がかかる。一部の専門家は中国の日本化を指摘しているが、中国のデフレ進行は日本以上に深刻化する恐れがある。中国市場の萎縮は間接的に日本企業と日本経済にも悪影響を及ぼすことになる。
(2024年5月15日号掲載)
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏
1963年中国・江蘇省南京市生まれ。88年に来日し、92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学)。長銀総合研究所国際調査部、富士通総研経済研究所の研究員を経て2018年から現職に。近著に、貨幣的な現象にとどまらない中国のバブル崩壊の構造を読み解いた『中国不動産バブル』(文春新書、2024年4月)。