オピニオン
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏
- 投稿日時
- 2023/08/24 10:19
- 更新日時
- 2024/08/19 13:20
中国の反スパイ法改正で日本企業の中国ビジネスはどのように変わるのか
習近平政権は正式には2013年3月に始動した。その翌年の2014年に中国初の「反スパイ法」が制定され施行された。それから約10年経って、「反スパイ法」が改正され、今年の7月1日に施行された。
もともと中国は法治国家ではなくて、人治国家である。「反スパイ法」を改正しなくても、取り締まりを強化することができるはずである。なぜこのタイミングでわざわざ「反スパイ法」を改正しないといけないのだろうか。今回の法改正で「反スパイ法」の適応範囲を大きく広げた。習政権は今回の法改正で中国内外に取り締まりを強化するとのメッセージを発信したかったはずである。
今の中国社会を鳥瞰すれば、これまで以上に不安定化している。為政者は中東などで起きたジャスミン革命のような「色の革命」を恐れている。今回の法改正の意図は権力の座を守るための措置と受け止められる。
むろん、「反スパイ法」が改正されたからといって、むやみに外国人を逮捕するというわけではない。そこまでやったら、逆に権力の座を揺るがすことになる。したがって、今回の法改正は敵対勢力への警告の意味が重要であると思われる。
では、今回の法改正で日本企業にどのような影響を及ぼすのだろうか。
マスコミの報道によれば、これまで中国で逮捕・拘束された日本人は17人に上るといわれている。もっとも最近に拘束されたのは日本の製薬会社のベテラン駐在員であり、いまだに釈放されておらず、裁判も行われていない。日本政府も中国政府もなぜこの駐在員が拘束されたか、詳しい理由を発表していない。このことは間違いなく日本企業の中国ビジネスに大きな影響を及ぼしていると思われる。
■国家機密に近づかない
あらためて今回の法改正の要点をみると、国家の安全保障を守るために、国家機密やデジタル情報などを不法に入手しようとする行為などが取り締まりの対象に加えられた。このことから、中国でビジネスを展開する日本人は次の諸点に気をつけなければならないと思われる。
まず、国家機密に近づかないことである。国家機密について明確な定義が提示されていないが、人民解放軍の基地などに近寄れないのは常識的に分かるはずである。そして、政府機関や国有企業に訪問に行く前に、必ず公式の窓口を通じてアポを申請することである。さらに、実際の訪問時、相手の幹部の執務室に入らないで、会議室で面会することは重要である。執務室の机にいろいろな文書があって、それが国家機密といわれると、弁解できない。それに加え、共産党幹部と会食する際、不必要な話題提供をしないことも重要である。目下の中国で、どんな話題がタブーかは外国人にはよくわからない。
これらの諸点は個人としてできることだが、限界がある。万が一、トラブルに巻き込まれた場合、どうすればいいか。個別企業のレベルでできることが限られているため、業界団体と経済団体で対応すべきである。一つは中国政府に働きかけることである。もう一つは日本政府に働きかけることである。今まで、経済団体はロジスティックスの仕事が中心だったが、これからはコンサルティング機能が重要である。具体的に情報を収集して分析する。その情報を会員企業に共有する。すなわち、日本企業は護送船団方式で海外投資リスクをきちんと管理することが重要である。
(2023年8月10日号掲載)
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏
1963年、中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所国際調査部研究員(98年まで)。98~2006年、富士通総研経済研究所主任研究員、06年より同主席研究員を経て、現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授を兼職。著書に『中国「強国復権」の条件』(慶應義塾大学出版会、2018年、第13回樫山純三賞)、「ネオ・チャイナリスク研究」(慶応義塾大学出版会、2021年)などがある。ミツトヨやキヤノングローバル戦略研究所などのメンバーが参画する『グローバル・サプライチェーンと日本企業の国際戦略』プロジェクト研究会も主催する。