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オピニオン

JETRO(日本貿易振興機構)   Ho Chi Minh Office Chief Representative 松本 暢之 氏(ホーチミン日本商工会議所 副会頭)

ASEANの中で際立つ日系企業進出

JETROホーチミン事務所は日系企業のベトナムへの進出サポート、進出後の税務・労務・法務など日常の業務運営での相談や日本産物品の輸出促進、ベトナム南部の経済・貿易・投資動向の調査などを行う。今後のベトナム経済は明るいのだろうか。2022年7月に赴任した松本暢之所長に聞いた。

1967年神奈川県生まれの松本暢之所長。通商産業省(現・経済産業省、1995-2007年)、在ブルガリア日本大使館(2007-10年)、JETROジャカルタ事務所(15-18年)勤務を経て22年7月から現職。海外勤務の魅力を聞くと、「他国の人との交渉などを通じて異文化に触れるのってすごく楽しいですよ。子どもが小さい頃は毎日泣くし家族は大変な思いをしましたが(笑)」。

インフレ進み国内消費に陰りも

昨年のベトナムはあまり景気がよくなくて、輸出は大きなダメージを受けた。ベトナムに進出している輸出加工業の日系企業さんは大変な思いをされたようだ。その時、経済を支えたのは内需で、所得は上がってきており国内の市場規模も増えてきた。でも今年は内需がやや弱い。皆さんの財布の紐が少し固くなっている。インフレ率もかなり高い。

JETROはいろんな国にオフィスを持つが、ASEANの中ではベトナムだけが唯一、2カ所もつ。ここホーチミン(管轄は南部の22省市)とハノイに。

日本商工会議所の会員数はベトナムがASEAN各国のなかで1番多い。2018年からの増減を見ても、他の国が微増微減を繰り返す中でベトナムはもうすぐ2千社と右肩上がり。日系企業の進出がASEANの中で際立っている。なぜか。やはりチャイナ・プラスワンの流れの中で、これまでは中国に一極集中させていたが、1本足打法だとリスクが高い。経済安全保障上の観点からサプライチェーンを多様化、多元化していく動きが出てきている。

とはいえ中国の機能を全部担える国はさすがにない。中国は引き続き魅力的なマーケットなので、中国に拠点を残すも、一部の機能を他の国に求める。そうなるとインドやベトナムが候補になる。インドとベトナムを比べると、ベトナムの方が日本に近い文化があり、食生活も似ている。だから非常に駐在しやすい国といえる。

そうしたことを背景に、今、JETROホーチミン事務所に相談に訪れる方も非常に多い。JETROのオフィスの中で訪問者が最も多いのはバンコクで、ホーチミン、シンガポール、ハノイと続く。国単位でみるとベトナムが1番。相談の内容としてはこれまでは製造業のグリーンフィールド投資(ゼロから事業を構築する外国直接投資)が多かったが、最近は自治体のミッション関係も増えてきた。あるいは駐在事務所を開くにあたっての情報収集。昔は今すぐにでも進出したいという感じがあったが、日本からの投資もやや陰りが見られるように思う。円安でもあるし、景気はかなり回復しているものの、投資の判断のタイミングとしてはまだかと。ただ、サプライチェーンの多元化の動きはやはり必要で、情報収集はしておきたいというニーズは感じる。

■拭えぬ政情不安

ベトナムのGDP成長率は202279月にすごい勢いで上昇した後、年末年始で急落した。だがその後、電気電子製品が戻り、輸出は今後も伸びていくだろう。懸念すべきはインフレが進んでいること。消費者物価指数(CPI)は今年6月が432%とかなり上昇。国内消費が冷え込む形で大型商品、車、バイク、それから不動産も少し買い控えが起こっている。生活必需品についても今まではいいものを皆さん購入してきたが、ちょっとグレードを落とそうかとなっているようだ。経済を支える国内消費が冷え込むと、やや雲行きが怪しくなってくるのかなと見ている。

その景気を支えるために政策金利を引き下げる手もあるがドルとの、日本円もそうだが、通貨防衛をするためにかなり苦労しているので、なかなかうまくいかない。

ベトナムのウリの1つが政治的、経済的に安定していることだった。また親日国でもある。その政治的安定性が若干揺らいでいる。先日、最高権力者のグエン・フー・チョン書記長が亡くなり、今後ベトナムの政治体制がどうなるのだろうとすごく不安に思う方がたくさんいる。

投資誘致をベトナム政府は強く働きかけているが、実際には投資許可が下りるのに時間がかかる、投資許可が下りても工事の許可が下りない、環境影響制度のレポートを出しても認めてもらえない、事業のライセンス許可が下りない——とあらゆる分野で許認可が止まってる。そこが大きな問題になっていて、汚職撲滅運動が今後どうなるのかも含め、政治的な不安定さもあり今後が見通しづらい。

昨年、経済産業省が行ったサプライチェーンの多元化補助金というのがある。生産サプライチェーンの一部を他国に移転させるための費用の一部を補助するというもの。その採択件数を見ると1番多かったのはベトナムだった。2番目がタイ。やはりベトナムがチャイナ・プラスワンとして日本企業から有望な国として最も選ばれていることがわかる。

人件費の安いことがベトナムの大きな魅力だが、年齢別の人口構成ピラミッドを見ると、たとえばフィリピンは綺麗なピラミッド型なのに対し、ベトナムはくびれた形をしている。少子高齢化がベトナムにも起こっており、若い労働力が未来永劫つづくかというとそうでもない。ASEANの中ではシンガポール、タイに次いで3番目に少子高齢化の波が押し寄せている。中進国の罠にとらわれずにさらに経済発展していくには、ベトナム政府のこれからの政策、かじ取りが重要になってくるだろう。
(聞き手・編集部)

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ホーチミン事務所が入るサンワタワー。「グエンフエ通りのサンワタワー」と言えば遠方からでもタクシー運転手は迷わず連れてきてくれた。東京でいえば六本木ヒルズのような高層ビルだ。

(2024年8月10日号掲載)