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オピニオン

製造業DX実現のカギ〜第29回

投稿日時
2023/02/09 10:06
更新日時
2023/02/09 10:11

マスカスタマイズで狙う「消費者余剰」

視点を「利益をどのように最大化するか」に移して「生産者余剰」と「消費者余剰」という視点で考察してみる。「生産者余剰」とは簡単にいうと生産者がその生産物から得られる収入から、生産を行うために掛けたコストを差し引いたもの。「消費者余剰」とは、消費者が支払っても良いと考えている価格(支払意思額)から、実際に払っている価格を差し引いたものを指す。

ビジネスモデル変革で消費者余剰を狙う

大量生産の時代では、原価を下げることがメーカーの利益に直結していた。作れば作っただけ売れるため、効率化により原価は下げやすく、効率良く高品質のものを生産できればその分利益は増えた。生産者余剰が利益を生み出す源泉となっていたのだ。そして企業間競争はコスト競争を誘発し、消費者は良いものを安く買えるようになった。100円均一やファストファッションなどが良い事例である。

消費者の嗜好が多様化し、変種変量生産の時代ではどうだろうか。例えばPCの歴史を見てみる。JEITA(電子情報技術産業協会)の統計によると、1990年代前半のPCの平均単価は30万円前後だったのに対し、2010年代には10万円を割りこんでいる。デバイスの進化も相まって、その間のデスクトップからノートへの変遷や、小型化、CPUの処理速度などスペックの進化は説明不要であろう。消費者としては良いものを安く買えるようになった。

一方で激しい企業間競争を勝ち残った企業は、ごく一部で、日本国内メーカーでPC生産を続ける企業はごくわずかである。PCの例ではCPU、メモリ、液晶、OSなど、専門メーカーからの購入品が原価率を高止まりさせており、競合も激しいため、よほどの特長が無い限り売価を大幅に上げることはできない。つまり、価格アップも原価低減も余地があまりなく、生産者余剰を生み出す余力は乏しいと言えるのだ。

これはBtoB企業でも同様である。例えば自動車のシート生地メーカーがあるとする。シート生地をシートメーカーに1台あたり3万円で納入していて粗利が900円だったとしよう。この企業が仮に徹底した自動化、合理化を行い原価は同じまま品質も上げたとする、納期遵守率も100%になり、特注品の生産にも柔軟に対応できるようになったとする。しかし、残念ながら、「品質も上がったので、納入金額を10万円にさせてください」という理屈は通らない。

■自社の強みを活かした戦略を

生産者余剰を生み出すためには、単価が上げられる特注品の割合を増やすか、原価を頑張って下げるしかないのである。今まで通りのビジネスモデルでは、この余地は極めて少ないと考えてよいだろう。

ではどうするか、「消費者余剰」を狙いにいくのだ。例えば、前述のシート生地メーカーが「シートメーカー」でも「完成車メーカー」でもなく、「販売店」に提案に行ったらどうだろうか? ディーラーオプションとしてカスタマイズ用シート生地として販売するのだ。今まで3万円で販売していた生地が、シート張りの原価が数万上がるかもしれないが、20万円にも30万円にもなって売れるのではないだろうか? ましてや1台数千万もする高級車専門のディーラーであれば、シートのカスタマイズに100万円、200万円支払う顧客も多数存在するであろう。もしかすると、シート以外に内装にも生地を使ってもらえるかもしれない。これが「消費者余剰」を狙いにいくということである。

このためには、従来の顧客からの受注にあわせて単純に生産するだけではなく、市場を攻略するための、マスカスタマイズに対応できる工場が必要になる。そして、市場を俯瞰してみることで、自社の強みを活かし、それに対応するビジネスの仕組みを作り上げていく必要があるのだ。

製造業における競争力の源泉は「ものづくり力」だけにあるという前提が絶対ではなくなってきたと感じている。また、製造業の業態が従来のように「企画」「開発」「生産」「販売」と一体となっていない企業も増えてきており、方向性は様々だ。

ビジネスの仕組み作りには、自社の強みと方向性を鑑みて、それぞれに合った方針を打ち立てる必要がある。その戦略の中において「ものづくり力」を自社で抱えるか、外に依存するかの判断は、ビジネスの仕組みを形作る戦略の中で重要な部分であると考えている。



(2023年2月10日号掲載)

チームクロスFA プロデュース統括 天野 眞也

あまの しんや=1969年東京生まれ。法政大学卒。1992年キーエンス入社。2年目には全社内で営業トップの成績を残した「伝説のセールスマン」。2010年にキーエンス退社、起業。FA/PA/R&D領域におけるコンサルティング を行うほか、現在はFAプロダクツ、日本サポートシステム、ロボコム等の代表取締役、ロボットSIerによるコンソーシアム『チームクロスFA』のプロデュース統括を歴任。趣味は車、バイク、ゴルフなど。