製造・物流現場の安全標識を「投影」に変える、カシオが挑むプロジェクションAR
- 投稿日時
- 2026/08/21 16:37
- 更新日時
- 2026/08/21 16:40
液晶モニターの普及に伴い、会議室からプロジェクターが減りつつある。競争も激化するなか、カシオ計算機(以下カシオ)は現実の床や作業対象にデジタル情報を直接映す産業向けの「プロジェクションAR」に参入した。ゴーグルを装着せず、手ぶらで視認できるこの技術が製造や物流の現場に浸透しつつある。なぜ、同社のプロジェクターが製造・物流現場で選ばれるのか。そこには現場が求める実用性と、カシオの強みが重なり合った背景があった。

安全標識などを壁や地面に投影できる
カシオがプロジェクター事業に参入したのは2003年。様々な競合がひしめく市場への、後発としてのスタートだった。時計や計算機で築いた「コンパクトで実用的なモノづくり」を強みにビジネス・教育向け市場で地歩を築いたが、2020年頃を境に会議室のプロジェクターは液晶モニターへと急速にシフトしていく。
「それまでは学校や企業などの一般的な用途が中心だった」と、商品企画を担当していた中河敦氏(現・新規事業部 第一事業戦略部 第二企画室 室長)は振り返る。プロジェクター技術を使って何か新しいマーケットを作れないか。既存市場の縮小を前に、チームは会議室の外へと目を向け、産業用途での活用を模索しはじめる。「資料を壁に映すのではなく、床や製品に情報を直接投影すれば、現場の作業をサポートできるのではないか」。それまで接点を持たなかった、製造や物流の現場へ舵を切った瞬間だった。
実は、一般的な会議室用プロジェクターをそのまま工場や倉庫に持ち込んでも十分には機能しない。オフィスと製造・物流現場では環境がまったく異なるからだ。
会議室なら突然ランプが切れても電球を交換すれば済む。だが稼働を維持したい生産や物流の現場は、わずかな時間でも突発的に作業が止まる事態は避けたい。特に安全表示が消えることで、事故が起きる事態はどうしても回避する必要があった。だが従来の一般機に多かった「高圧水銀ランプ」は寿命が短く、いつ切れるか分からない不安定さがある。加えて粉塵が舞う環境では精密な光学部品にホコリが入り込みやすく、これが故障の原因になっていた。
「オフィス用の一般機を現場へ持ち込むお客様もいましたが、過酷な環境下では長持ちせず、頻繁な交換が必要でした」と中河氏は語る。
「当時は『プロジェクターを現場で使うとは、そういうものだ』と半ば諦めながら運用されていたのが実情です。だからこそ、現場の環境に耐えうる専用の製品を作れば、お客様の課題を解決できると考えました」
だがそれでもなお現場特有のチリやホコリが課題だった。精密な光学部品を守るには本体を密閉せねばならないが、発熱するプロジェクターを冷やすには風を通さねばならない。「密閉」と「放熱」という矛盾をどう両立すべきか。
そこでカシオはホコリの侵入を遮断しつつ内部を効率よく冷やす、独自の防塵・冷却設計を構築した。その耐久性の差は特に夏場の現場で現れるという。
「冬に設置したプロジェクターが、夏場になると停止してしまったという事例を耳にしたことがあります」と中河氏は振り返る。「稼働を重ねる中で内部にホコリが蓄積し、放熱しにくくなったところへ夏の高温環境が重なり、安全装置が作動したことが原因でした」
この経験から、現場では高温や埃の多い環境でも安定して運用できることの重要性を改めて実感したという。実際にカシオのプロジェクターは酷暑の現場でも安定して稼働を継続。厳しい環境下でも安心して使える信頼性が高く評価されているという。
「どれほど目立つ標識でも常に同じ場所にあると人間は慣れて『風景』として処理し、注意喚起の効果が薄れてしまう。例えば『フォークリフト接近中』という静止標識が出たままだと、作業者はその表示に慣れてしまい、無視して通過するようになります」と中河氏は指摘する。
この「風景化」を防ぐため、カシオはセンサーや設備と連携した動的な投影を行っている。普段は消灯しておき、リフトや搬送ロボットが接近した瞬間だけ、床にアニメーション付きの警告を投影する。不意に現れて動く光は作業者の注意を確実に引きつける。また言葉の壁がある外国人労働者が多い現場でも、直感的に危険が伝わるピクトグラム(絵文字)を映し出すことで、確実な安全対策を可能にしているのだ。
プロジェクションARは安全対策に加え、製造現場の作業支援でも大きな効果を上げている。
グループの製造拠点である「山形カシオ」の基板実装ラインでは、取り付けるべき部品とその位置を、製品の上に直接光で投影してナビゲーションを行っている。経験の浅い作業者でも迷わず正確に組み立てることが可能になり、教育時間の大幅な削減と直行率の改善という成果を上げた。
「展示会に出展するたび、『こんな製品や使い方は初めて知った』と新鮮な驚きの声を数多くいただきます。それだけ潜在ニーズが大きいということでしょう」と中河氏は語る。今後は国内の実績をもとに、日系企業の海外拠点を足がかりとしたグローバル展開も進める計画だ。
「小さく、丈夫で、実用的な道具を作る」というカシオの設計思想。それが今、プロジェクションARという形で工場や倉庫の作業環境を陰から支えはじめている。

カシオ計算機のプロジェクター
(2026年8月21日MonoQue掲載)