【現地レポート】タイに進出加速する中国系企業
- 投稿日時
- 2024/11/11 09:00
- 更新日時
- 2024/11/13 14:51
変化対応迫られる日系企業
バンコクのシーロムとサトーン地区に10月25日、大型複合施設「One Bangkok」がオープンした。総額1200億バーツ(約5400億円)を投じたタイ最大級の民間開発プロジェクトで、成長が鈍化する同国の経済の起爆剤として期待されている。オープニングセレモニーには、1万人以上が参加、Calum Scott、Loren Allred、PP Krit Amnuaydechkornといった豪華ゲストを迎えた華やかなイベントが目を引いた。記者がタイ取材の最終日のスケジュールを急遽調整してそこへ向かったのは、低調であったタイ経済の回復の象徴を見る思いがしたからだ。
中小企業のタイ進出を支援する信金中央金庫のバンコク駐在員事務所の吉川直孝所長は「コロナ禍前よりタイの経済成長率は低調であったのですが23年で1.9%とおおむね回復しています」としつつ自動車産業を中心とする同国の製造業は回復軌道には乗り切れておらず「18年は自動車生産数217万台でコロナ禍に142万台まで落ち込み23年に184万台へ回復はしています。しかし今年度はタイ国内の販売数が25%強減で推移しており、特にピックアップトラックなどが影響を受けています。ピックアップトラックがメインのメーカーはかなり苦しい状況です」と説明する。これは国民の家計債務が増えており、政府が新規の借り入れの規制を強くかけたことを主因とする。
大型複合施設「One Bangkok」
それでも中国系企業の進出は続いている。ゼロコロナ政策による都市機能麻痺の経験、米中対立の激化によりサプライチェーンを中国に依存することのリスク分散が背景にある。また、前トランプ政権時の対中関税を回避するため、メキシコに中国企業がEVのサプライチェーンを構築するため進出を加速してきた。ジェトロによれば「中国企業によるEVのメキシコでの組み立てには、米国の政府や議会議員、業界団体などが目を光らせている」という。「米国下院に設置された『中国特別委員会』は2023年11月、中国メーカーのEVが第三国を経由して米国に流入にすることに懸念を示す文書を米国通商代表部(USTR)宛てに発出した。またトランプ氏は2024年3月、中国企業がメキシコで製造した自動車に100%の関税を課すと発言。民主党のバイデン政権も2024年5月、USTRに対して、1974年通商法301条に基づく対中追加関税(301条関税)の関税率を引き上げるよう指示した」(同)。自ら「タリフ(関税)マン」を自称するトランプ氏が大統領選挙を制したことで、この動きはより決定的になるだろう。中国企業もメキシコからタイやベトナムに海外生産の軸足を移しつつある。
また、30年前に日系企業の進出を促進してASEANの自動車生産の中心にした成功モデルをEVでも展開しようと考えるタイ政府の思惑もあり、さまざまな優遇策を打ち出していることも追い風になっている。
中国国内で製造するよりタイに進出するとおおよそ2割コストアップするといわれている。「サプライヤーチェーンのリスクを分散したいという顧客の要望に応える必要がありました」とタイに進出した中国系企業OVID社のDaoyuan Ziジェネラルマネージャーは話す。
日系部品メーカーへの波及は期待できるのだろうか。ホーコス マニュファクチャリング・後藤壮一郎ディレクターは「タイに中国系EVメーカーが進出しているが、組立メインのところが大多数で、タイ国内に加工の仕事がそれほど出てきていない。打診はあるようだが、実際に受注したという日系の部品加工企業の話は聞かない」と話す。
ピンチはチャンス、日系企業の奮戦
生産移管の風をうまくつかんだ企業もある。カメラ部品でその風を掴んだのがゼニヤタイランドだ。カメラのトップカバーなどは「アルミの板をプレスして、表面を切削してアルマイト着色。最後に印刷もしている。1か所ですべてできるところは東南アジアでは少ない。アルミ外装の難しい形を、歪まず破れず一貫で後工程まで量産できる点で東南アジアトップクラスと評価頂いている客先もある」(藤原上之GM)とコメント。技術力と総合力で受注を拡大するのは、日系企業の面目躍如だ。
またコロナ禍や自動車産業の低迷を受け売上高が2021年以降急激に減少傾向するOEI YAMANAKA。同社は高いスキルがいらない作業領域での「作業が簡単になる型設計」「自動化(半自動搬送)」「簡単な監視センサー」による効率化に取り組んだ。結果「定常作業」領域で工数が低減し生産性の低下を防ぐことが出来た。ロボットやAGVなどを活用した最新鋭の自動化ではなく、タイ人が自ら創意工夫した「ピタゴ〇スイッチ」や「からくり屋敷」を髣髴とする、手作り感あふれる自動化装置などを駆使して90人いた人員を61人まで省人化した。
教育で苦戦、一気に自動化か
中国系企業に聞くと「中国人ワーカー1人分の仕事をするのにタイ人2、3人が必要」とため息をつくなど、タイ人を教育して自国生産同様の生産性を上げるのに苦労がにじむ。その点、日系企業にはタイ人の人材育成をしてきた長い実績がある。
三越伊勢丹グループによる日本の「デパ地下」をテーマにした高級食品売り場
しかし自動化への方針を問うと日系企業では「タイ人の給与が上がっているからと言って、まだまだ日本人よりは安いし、設備投資に見合わない。今後、費用対効果のバランスを見ながら……」との様子見が多く聞かれた。他方、中国系企業は積極的で、人材育成にリソースを割くなら、一気に自動化してしまおう、との構えだ。
「One Bangkok」の「デパ地下」で、次々と高級な食品が売れていく様子を見ながら、一抹の不安を覚えつつ帰路についた。
日本の業界専門紙の記者として、日系企業を中心に取材していると、どうしても中国系企業の、おそらくはかなり誇張された“ネガティブ情報”をよく耳にする。商売上のライバルであり、モノづくり大国と言われた日本のお株を奪う中国系企業に心穏やかでいられないのはもちろんあるだろう。しかし「知らないものを恐れる」人間心理が根本にあるのではないか。かくいう当紙でも、中国系の中小の部品加工企業を取材する機会は少ない。
そこで精密加工と得意とする「OVID Machinery-Electron(Thailand)」(以下OVID)と、ボリュームゾーンを狙い価格訴求とサービスを強みに拡大する「LUXIN TECHNOLOGY (THAILAND)」(以下LUXIN)というタイプの違う2社を取材した。すると勢いを増す中国系企業の強さと矜持が見えてきたとともに「約30年前に進出した日系企業と同じ悩みを抱える」人間臭さや、日系企業へのリスペクトも垣間見えた。
OVID(本社)は2001年に設立され、中国の深圳に拠点を置く。最新の加工設備と測定機器を備え、さまざまな金属、プラスチック、複合材料の精密加工に注力。北米、西ヨーロッパ、東南アジアをカバーする。2003年にISO9001を取得し、2017年には「国家ハイテク企業」に認定された。
コロナ前の2018年にタイ進出を計画。主要な顧客であるアメリカの通信関係企業に部品供給しやすいアユタヤに土地を購入。本格進出を前に仮工場をまず試験的に竣工した。現在、通信関係だけでなく集光機の構造部分、好調なデータセンター向けの精密部品を製造している。
日系メーカーの高性能の工作機械を揃え、品質管理を徹底し要求以上の高精度な部品を提供する体制が評価され「部品加工では日系にライバルはおらず、中国系が競争相手」(Daoyuan Ziジェネラルマネージャー)だ。
OVID社 Daoyuan Ziジェネラルマネージャー
中国国内で製造するよりタイに進出するとおおよそ2割コストアップするといわれている。「タイは金属も輸入に頼るなど、様々なコストが高くなる。しかし中国など一か所の国に生産を集中するより、サプライヤーチェーンのリスクを分散したいという顧客の要望に応える必要があった」と話す。
人材教育 日系に学びたい
「タイ人の教育について」記者が問うと同氏は苦笑いしながら「日系企業はタイに進出して何十年もたつ。タイ人とのスピード感の違い、コミュニケーションの難しさなどの問題をどう克服しているのか知りたい」と逆質問してきた。
中国のエンジニアが付きっ切りで指導しているが「よくて中国のスタッフの7割ぐらいしか力を発揮させられない。当社はいいほうで、中国系他社に聞くと『中国人ワーカー1人分の仕事をするのにタイ人2,3人が必要』と言っている」と話す。もちろんタイ人の能力が低いのではなく、設備を揃えても、自国でやっていた加工が他国では思ったように出来ない、のは万国共通だろう。
こうした人材問題の解決のために自動化を計画している。中国国内では「人間に由来する問題を最低限にすべく自動化を進めて成果が出ている」とする。その成功モデルを横展開する予定だ。
「当社は日系の高精度の工作機械を揃えることを基本にしている。日系メーカーと長年関係を構築してきたので、今後も日系メーカーを使っていきたい」というが自動化に関しては「日系だけではなく中国系も選択肢に入る。タイで自動化ソリューションを提供できる日系の選択肢が少ないことと、中国のサプライヤーは性能面でも価格面でも選択肢が広い」からだという。
現在は本格的な進出前の試験段階で30台の機械を30人前後で運用している。今後、購入した土地に自社工場の建設も視野にいれる。また中国本社同様にタイでもISOなど認証を取っていく戦略だ。タイに拠点を構えたことで地政学的なリスクが避けられ、今後、グローバルに、航空宇宙や医療などにも市場を拡大していきたいという。
価格、コスト、競合する日系企業はもうない
一方、LUXINは精度要求がそれほど高くないボリュームゾーンで価格、サービス、納期の優位性を武器に発展を続ける企業だ。同社は中国有力EVメーカー、台湾電子部品企業だけでなくタイのローカル企業とも取引が多い。
「日本企業から学ぶことは多い」と前置きしつつ「顧客が求めるのは圧倒的に値段だ。日本企業の品質は素晴らしいが、一つ一つの工程に高い管理コストがかかっている。もう競合する日系企業はない」(吴顺成ビジネスマネージャー)と言い切る。
LUXIN社 吴顺成ビジネスマネージャー
LUXINグループは2002年に設立され中国・東莞市に本社を置く。中国政府から「ハイテク企業」、「革新型中小企業」などの認定を受け、タイのほか江蘇省、江西省、香港に支社をもっている。
LUXIN(タイ)は2023年に進出。車や通信ボックス、測定関連の加工をメインにし約50人のスタッフで、30番加工機約10台、プレス約10台を動かす。
「2018年ごろから海外展開を計画。コロナなどで計画が遅れて昨年となった。中国のEVメーカーなど顧客がタイに進出しており、より良いサービスの提供と、新たな顧客獲得を目標としている」という。
サプライチェーンの中で、サービスの充実や納期の柔軟性を原動力に成長を続けており「納期研修を徹底するほか、品質問題が発生すると2時間以内に現場に駆け付ける体制を確立している」とする。
LUXIN TECHNOLOGY (THAILAND)の工場内部
日本工場を竣工予定
タイ人と中国人で文化が違う。そこで「タイ人がタイ人で管理する」という方針を掲げ、タイ人管理職の教育を徹底した。「当社の理念を研修や朝礼、筆記などを通じて徹底的に教え、適合しない人員は辞退してもらい選抜していった。選抜されたメンバーも週一回の研修を通じて理念を浸透させた。耐え抜いた人は任せても大丈夫だ」という。人材の売り手市場になっている日系企業では、なかなかできないスパルタ選抜方式だ。
同社は性能的に優れている日系メーカーの設備を多く入れており、メンテナンスにも対応する日系商社のサービスには好感を持っている。
半面「日本の機械メーカーは、性能はいいが、昔のままで発展性がないのではないか。最近では一部、中国製の設備も入れている」とも話す。「価格も精度も高い機械は日系に優位性がある。しかしそこまでの精度や性能がいらない加工や工程はたくさんある。そこを今後中国メーカーに取られていくのではないか。例えば日本製の工作機械は中国の2倍の価格で寿命が8年。中国製が寿命5年だったとしたら中国製を2台買うというのは選択肢だ」と分析する。
「我々のカテゴリーでは、それほど技術が必要ない」とし価格、納期、サービスに注力しているが、それだけではなく「いいサービスとは何か、と言えば顧客の要望に応じる開発力だ。利益の20%を開発に投入し、素早い顧客対応が出来るようにしている」。この開発力ゆえに営業をせずとも顧客から顧客を紹介され安定的に経営している。
現在、部品加工だけでなく組立にも着手しており、今後、通信機器で製品化(完成品)まで持っていきたい、と意気込む。
また、同社は日本に工場を作り、年末に開業する予定だ。
エコノミックアニマルと呼ばれていた
中国系2社を取材して感じたのは、国は違えどモノづくりに携わる人の苦労も矜持は変わらないということ。取材ということもあるだろうが、常に日本へのリスペクトを口にしていたのは印象的だった。
あるタイに進出した日系企業の幹部が「30年前に日系企業が進出したときもずいぶん嫌われたし確執もおこした。昔は日本がエコノミックアニマルといわれていた」「何年かすれば中国企業も成熟してくるし、ハレーションも収まる。そうなってきた時がより怖い」といった趣旨の話を取材の合間にしていた。これが結論めいていた。もう一つ、日系人材紹介会社PERSONNEL CONSULTANT MANPOWER(THAILAND)の小田原靖社長がインタビューで語った「日系企業が進出30年で直面している構造的問題に、中国系企業は10年でぶつかる」も示唆に富む。成長が早いということは、立ちはだかる壁も倍速でやってくるのかもしれない。
最後に、「中国のモノづくりがここまで発展したのはなぜか」を問うてみた。
「中国では大きな需要があり、莫大な投資をしても買ってくれるところがあるから、多くの企業がチャレンジしていける。最初は精度や品質が悪くても、何度も何度もトライ&エラーを繰り返すうちに完成度が高まっていく。突然、高度な完成品が飛び出してきたわけではない」(OVID社 Daoyuan Ziジェネラルマネージャー)
「日本人は職人気質で、全ての部品や工程で最高の品質までこだわっている。素晴らしい品質のものが出来るが、一度上がったコストは下がらない。中国人は、構造を単純化したり、そこまでの品質が必要ではないところを割り切って製造するのでコストを下げられる。ここが成長できた理由ではないか」(LUXIN社 吴顺成ビジネスマネージャー)
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【インタビュー】PERSONNEL CONSULTANT MANPOWER(THAILAND) 小田原 靖 社長
(日本物流新聞11月10日号掲載)