アジア「人材争奪戦」

いち早く少子高齢化を迎えた日本は、労働人口の補填にこれまで海外人材の積極登用を行ってきた。だが現在、韓国、台湾、中国といった東アジア各国では経済成長とは裏腹に急激な人口減少が進んでおり、いずれも日本同様に海外労働力を必要としている。さらには豪州、欧米諸国といった強力なライバルも出現しているのが現状だ。

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【画像2】日本で働く外国人労働者に円安が暗い影を落としている
【画像3】介護需要の高い豪州では日本の3倍近い収入が得られるという

円安に加え難敵続々、どうなる「海外人材」登用

台湾では造船業など自動化が難しい職場の規制を緩和


日々の取材を行う中で、たまたまベトナム人技能実習生Aさんに話を聞く機会に恵まれた。その際、給与や待遇面について訊くと、彼らの表情に陰りが見えた。

「いまの職場はアットホームで良くしてくれますし、仕事も気に入っています。しかし、円安の影響で仕送りの額が大きく減ってしまっています。他の仲間に話を聞くと、日本以上に給料が良い国がたくさんあります。だから今後も日本で仕事を続けるのは難しいかもしれません」(Aさん)

1ドル=152円まで下落した昨年10月、ベトナムに仕送りした金額は、現地で受け取った家族から「約2割も減っている」と言われたという。生活費を切り詰め、一時的に仕送り額を増やしたが、同じベトナム人実習生から「為替レートが元に戻るまでは仕送りを最低限に控えて貯蓄に回す」と聞き、現在は逆に仕送り額を減らし貯金に回しているという。

「私は日本に来る時に斡旋業者から借金してきましたが、それはなんとか払い終えました。これからしっかり仕送りできて、貯金もできると思っていたら、円が下落してしまいガッカリしています。仲間の中にはモチベーションが上がらず、仕事中に大けがをしてしまった人もいます」(同)

日本で働く外国人労働者に円安が暗い影を落としている




円安はベトナム人技能実習生だけの問題ではなく、多くの国の実習生にとって悩ましい問題だ。しかし、円高と密接に関係する米金利は依然として上昇を続けており、円安ドル高傾向はすぐに解消する気配はない。2023年4月には日銀の新たな総裁として植田和男氏が就任したが、前任の黒田氏と同様に金融緩和の流れを示唆したことで、やはり早期の円安解消は見込みづらい状況にある。

円安による企業競争力の低下は、収益だけではなく雇用における国際競争力も低下させているのが実情だ。

語学サポートも行う韓国

日本同様に、アジア圏から海外からの人材登用を積極的に行っている韓国では、1993年日本の海外人材雇用をモデルとした「産業研修生」制度をスタートさせている。だが、労働者としての権利が保護されない制度でもあり、2004年には単純労働者だという実態を認める「雇用許可制」に移行した。

この雇用許可制の特徴は、政府管理下での受け入れという点だ。政府が各業界からの要望に基づいて、製造業や農畜産業など業種別の年間受け入れ数を決定。その上でASEAN諸国の労働者を供給する国と政府間協定を締結する。それゆえ悪質な斡旋業者が入り込みにくいというメリットもある。

この雇用許可制の滞在期間は当初、最長で4年10カ月とされたが、期間満了になっても帰らず不法滞在になってしまう人が続出。そのため一定の条件を満たす場合には、いったん出身国へ帰国した上で、再度韓国へ戻れる制度となった。帰国し再度来韓すれば、また4年10カ月滞在できるので、現在は最長9年8カ月働けることになっている。

また2018年には永住を視野に入れた「熟練技能ビザ」が創設された。これは雇用許可制などで一定期間働いた人を対象にしたビザで、年収や保有資産、韓国語能力、納税の有無などで総合的に判断される。毎年の発給人数が決められており、さまざまなファクターにおいて上位の者だけが手に出来る権利でもある。この枠は年々拡大しており、スタート時の400人から現在は5000人となっている。

また韓国では2007年に外国人処遇基本法が制定され、政府が外国人の単純労働者を対象にしたワンストップ支援センターを9カ所開設、民間委託などで運営する地域センターが35カ所に開設されている。

このセンターには、各種の行政サービスや相談、生活支援などに15の言語で対応する。さらに韓国語教室やパソコン講座もあり、無料で受講できるなど、外国人労働力の定住、長期滞在に一役買っている。

受け入れを拡大する台湾

台湾でも人手不足は深刻だ。台湾行政院主計総処(統計局)「産業労働者雇用状況調査(事業人力雇用状況調査)」によると、2022年8月末時点で、人手不足は工業が約9万9000人、サービス業が約13万1000人の計23万人に達したとしている。

工業の中でも特に製造業が最も深刻で、全体の33・4%を占める7万7000人が不足。建設業でも1万9000人が足りていない。台湾政府はこれら業界の人手不足の解消を目指し、外国人労働者の受入れ枠を拡大する新規定を施行した。これにより、合計2万8000人以上の受入れ拡大を図っていく構えだ。

かねてより台湾では労働力不足に対応するため、台湾人の雇用に影響を及ぼさないという条件で、民間人材仲介会社を通した方式などで外国人労働者の受入れを制度化している。

受入れにあたっては、対象業種(製造、建設、農業、介護等)や受入れ枠(外国人雇用率=受入れ企業の労働者数に占める外国人労働者数の割合)を規制している。また、外国人の求人を行う前に、台湾人向けの求人活動を実施する「労働市場テスト」も義務付けている。

台湾に居留している外国人労働者数は2023年4月現在で73万44434人となっており、15年前の2008年から倍増している。業種別に見ると、製造業が47万5896人と全体の64・8%を占め、介護が22万33785人(全体の30.5%)で続く。

新規定では、製造業のうち水産加工業、豆腐製造業、金属船体業の3業種。いずれも製造の自動化が難しく、就労環境が厳しいことを考慮し、外国人労働者の雇用率の上限を旧規定の15%から20%に引き上げた。

また、「すでに台湾内に居住している外国人労働者の雇用促進措置」を新たに設けた。雇用主が「台湾内の外国人労働者」を雇用する場合、業種別に設定された10〜35%の上限雇用率に各5%分を追加できるよう柔軟性を持たせるなど、受け入れの幅を拡大している。

高賃金が魅力の豪州

介護需要の高い豪州では日本の3倍近い収入が得られるという

アジア圏労働力の雇用において、徐々にプレゼンスを高めているのが移民大国・オーストラリアだ。同国労働者の3人に1人は海外出身者で、様々な産業が外国人労働者に依存している。だが、コロナ禍によって人の往来が制限されたことを契機に、同国では建国以来となる深刻な人手不足が発生している。

コロナ禍で減った外国人労働者を再び取り戻そうと、オーストラリア政府は様々な対策を講じている。例えば、医療や福祉、サービス業でコロナ以前から働いていた外国人労働者の滞在期間を1年間延長できるようにした。また、今年7月からは一部の卒業ビザの就労権の延長も施行するなど、国内で長く働くことができるように、国家を挙げて環境整備を行った。その結果、ASEAN諸国のみならず日本や韓国などからも人材を呼び込むことに成功している。

オーストラリアにおける就業の最大の魅力は、なんといっても賃金の高さにある。介護職に従事している日本人スタッフは、日本時代は25万円だった給料が80万円にアップしたという。またオーストラリアの農園での労働は能力、仕事量次第で月に100万円稼ぐことも可能だ。

こうした動きはオーストラリアだけではなく、世界的なトレンドになりつつある。欧米の例を挙げると、フランスはワーキングホリデーの対象年齢の上限を31歳まで引き上げた。

またカナダは、ワーキングホリデーの受け入れを20%増加させている。

ますます激化する人材獲得戦。各国が様々な施策を打つ中、日本国内のモノづくり企業はどうやって人材を確保していけばいいだろうか。中京大学・弘中史子教授は、「日本のモノづくり企業を国外の就職先として魅力に感じているアジア圏の学生は少なくありません。一時的な労働者としての技能労働者だけではなく、高度人材の活用も視野に入れた人材登用を推し進めていくべきでしょう」と語る。

(日本物流新聞 2023年8月10日号掲載)

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