【ベトナム】回復する経済、好調な輸出に支えられ
- 投稿日時
- 2024/08/08 09:04
- 更新日時
- 2024/08/19 13:21
強い技術的好奇心、自動化ニーズはこれからか
タンソンニャット国際空港からホーチミン市街までの約8㌔を比較的信用のおける、白地に緑のラインの入ったVINASUNタクシーで移動する。記者が7年前に来た時に車がずいぶん増えたと感じたが、さらに増え、渋滞がひどくなった印象だ。高層ビルが目につき、大きな液晶パネルが付いたものも。ここだけ見ると大都市のようだ。内需がいま少し弱いとされるが、その液晶パネルにはここ数カ月で広告動画がたくさん流れるようになったとJETROホーチミン事務所の松本暢之所長は話す。
「国内消費も旺盛になってきたようだ。特に食品・飲料系企業は広告宣伝費にお金をかけ、週末になると目抜き通りで大規模なイベントも催す」
だが繁華街から一歩離れると、あちこちの歩道のレンガは割れてガタガタだ。10月までは雨季にあたり、1日に二、三度降るスコールですぐに冠水する。「膝くらいまで冠水する時もある。ホーチミンは何十年の後、世界で水没する可能性が高い地域のトップ10に入っている」と市内に営業拠点を設けた日本の生産財メーカーが教えてくれた。
■GDPに比肩する輸出額
ベトナムの2024年4︱6月期の実質GDP成長率は前年同期比6・9%増と1︱3月の同5・9%増から1ポイント拡大した。1年半前の急落(22年7-9月期の13・7%増→23年1-3月の3.3%増)を経て回復局面に入ったと言える。急落の要因は不動産バブルがはじけたこと、世界的に景気が低迷したこと、ウクライナの問題等々があったことだとJETRO松本所長は見る。
「今は内需を下支えにある程度回復傾向にある。ベトナムの第1クォーターは休暇があったりして低く、その後年末に向かって上昇するのが通常のパターンなので、皆さんそんなに心配していない。国際機関などもおおむね楽観的な見方をしている。これには輸出が戻ってきたことが大きい。ベトナムはやはり輸出に非常に依存しており、輸出額はGDPとほぼ同じ金額だ」 今年上半期のベトナムの貿易黒字は116億米㌦と前年同期比14・5%の成長を示した。日本アセアンセンターのプログラムコーディネーターのウェン・トウン・アン氏は「特に電子機器、衣料品、履物など主要セクターがこの成長を牽引している。さらにベトナムの戦略的な位置づけと改善されたビジネス環境による外国直接投資の流入がこの好転を支えている」と話す。
ホーチミン市に隣接するドンナイ省に22年に進出したMES甲信(長野県伊那市、自動車・半導体・食品分野など向けの製造装置メーカー)も「一時受注は減ったが、ここ最近は不況という感覚はない。取引先の大手自動制御機器メーカーは1500人規模の若い人材をすぐに集めベトナムでの事業を拡大している」(村山徹社長)と言う。
■若い・安い・優秀
ベトナムの魅力として人件費の安さに加え、優秀な若い人材が確保しやすいことを挙げる日系進出企業は多い。ベトナム人の平均年齢は32・8歳と少子高齢化が進む日本の49・1歳とはずいぶん差がある(国連による2023年の中央値予測)。
16年前にベトナム進出を果たしたフジ矢も「ベトナムには優秀な若い大卒技術者が多く、採用しやすい利点がある」(R&Dセンターの庄子就氏)と話す。もっとも「給料も高く、人件費の面でのメリットは少ない」とも言うが。
フジ矢は今年2月、自動化装置の工場を新たに立ち上げたが、装置はすべて日本に出荷する。「ベトナムでの人件費は上がっているとはいえまだ安く、人の作業をロボットで置き換えると、その投資回収に10年以上かかってしまう」からだと言う。
ただ、自動化の需要がないわけではない。1995年にベトナムでのアフターフォローを開始し、2012年に法人化したソディック・ベトナムがいま販売を強化するのは加工機にロボットなどを付けた自動化製品と金属3Dプリンター。松井大樹General Directorは「ベトナムでもサラリーが年率およそ5~7%で上昇し、属人作業をなくす方向にある。自動化はヒューマンエラーを防ぎ、高まっている離職率の問題にも対応できる」と話す。3Dプリンターははたして売れるのだろうか。松井氏は「近年中華系を代表とする多様な国が進出し競争が激しくなっている金属加工業のなかで差別化要素になる。ベトナムの若いエンジニアはASEANのなかでも技術的好奇心が強く、単なるビジネスという概念ではなく情熱をもって製造業に従事している経営者も多い。彼らは将来を見据えてチャレンジスピリットを持っているため、新技術の取入れに対する抵抗が比較的少ない」と説明する。
■衰えない熱気と発展性
裾野産業の発展は依然としてベトナムの課題だ。日本アセアンセンターのウェン・トウン・アン氏はその要因として、先進技術や熟練労働力へのアクセスが限定されていることと、分断された供給ネットワークを挙げる。ただ近年はポジティブな発展も見られると言う。
「ベトナム政府は国内生産を促進し、多国籍企業と地元企業の協力を強化するためのイニシアチブを打ち出している」
JETROの松本所長はサポーティング・インダストリーの発展は極めて重要だが、発展していないからダメというわけではないと見る。
「周辺国から輸入できるので、何もベトナムから調達しなければならないこともない。もちろん国内で調達できた方がよいのだが。長い目で見た今後の成長に期待ということではないか」
日系製造業にとっては多国籍企業の進出による競争激化と、サプライチェーンの未発達による原材料の調達難という2つの難題がある。だが、それらをカバーしても余りある熱気と発展性がベトナムにはまだまだある。
FUJIYA TECH VIETNAM
ロボット専用ベルトグラインダーを製造開始
ベトナムでの16年のノウハウ生かし
JSCのレンタル工場に入居する。小規模でスタートできる工場がホーチミン市近郊には多い
ホーチミン市中心部から高速道路を通って南東へおよそ1時間半。ドンナイ省の工業団地のレンタル工場に入居するフジ矢テックベトナム(504平方㍍)を訪ねた。フジ矢といえばペンチやニッパを思い浮かべるが、今年2月に本格稼働を始めたここで製造するのは同社で初となるロボット用ベルトグラインダーだ。どうしてか。
ロボットアーム先端に取り付けたベルトグラインダー
「日本は少子高齢化を迎え、作業者が集まりにくい。とりわけ研磨は高いスキルが求められる属人作業であり、粉塵がともなうので若い人はやりたがらない」
東大阪市のフジ矢のR&Dセンターとベトナムを数週間ごとに行き来する庄子就氏はそう話す。同社は3、4年前から研磨、バリ取り加工が欠かせない自社工場にロボットを導入して自動化を進めてきた。製品の品質を安定させ、危険な作業を減らす目的もある。フジ矢のビジョンの一つが「連邦経営」。多角化をして事業領域を拡げ、それぞれの事業がシナジーを生むことで、フジ矢ユナイテッドとして成長することを目指す。その一環として自動化用グラインダー製造は社内ベンチャーとして始まった。
庄子就氏
同社はホーチミン市北部のビンズン省にペンチなどを製造するFUJIYA MANUFACTURING VIETNAM(2012年竣工)をもち、そこでの人材活用・工場運営などのノウハウが蓄積されてきたことも大きい。「ベトナムには優秀な若い大卒技術者が多く、採用しやすい利点がある。もっとも給料も高く、人件費の面でのメリットは少ないが」と庄子氏は苦笑する。
製造するベルトグラインダーは3種類でいずれもロボットや自動機専用。1種類につき年間20台の販売を目指す。と同時にグラインダーに産業用ロボット(ファナック、安川電機、不二越などの垂直多関節)などを加えて自動化装置として金属加工業者向けに販売するSIer事業も展開する。こちらは年間4、5件のシステム導入が目標という。
他社のベルトグラインダーは基本、人が扱うのが前提でロボットにも搭載できるというスタンスだ。だが、フジ矢テックベトナムの製品は「はなからロボット専用。だから逆に人の手に持たせられない。でも自動化を想定した製品だからベルト交換も自動で行える。これは当社だけの機能だと思う」。
自動化装置としてセットアップする様子
■小回り利かせる受注生産
グラインダー単体の販売、SIer事業はどちらもターゲットは今のところ日本市場という。ベトナムの労働力の安さが自動化の普及を妨げているからだ。
「ベトナムは人件費が上がっているとはいえまだ安く、日本の4分の1程度。人の作業をロボットで置き換えると、その投資回収に10年以上かかってしまう」
ベトナムでの受注生産は納期の面では不利だ。製品は海を渡ることになるのでどうしても4、5カ月の納期はかかる。日本でつくる場合よりも1、2カ月長い。だが品質に厳しい日本向けだからバラツキのない製品づくりには気を使い、価格は競合製品の半分に抑えられる。
「労働コストを抑えられることに加え、部品は3分の1の価格でほぼすべてベトナムで調達している。また不要な機能をそぎ落とすことで価格競争力を保っている」
大手の量産メーカーにない小回りもウリだ。
「一般に大量生産を高い品質で長期間維持するのは難しいし、製品価格は高くなる。量産を支えるサプライヤーを確保するのも大変。だが当社は基本、受注生産で個別対応ができる」
このアドバンテージは近い将来、ベトナムでの販売が始まったときにも生きる。
「ベトナムの金属加工業は切削・研磨のレベルが高い。日本で数年学んだ技能者がベトナムに戻って事業を始める際、日本製の加工機を好んで使うことが多いから。そんな現地企業が求めるグラインダーや自動化設備をきめ細かく提案できる」と庄子氏は期待を抱く。
TONE VIETNAM
年内めどにトルクレンチ増産へ
部品の現地調達が課題
ベトナム東南部のドンナイ省。ホーチミン市、ハノイ市、タインホア省、ゲアン省に次いで5番目に人口が多く、ホーチミン市に接する南部の重要な経済開発地域だ。このドンナイ省にある工業団地で2015年6月に稼働したTONEベトナム(社員約25人、工場面積2900平方㍍)を訪ねた。
「景気? まだ悪いですね」
工場立ち上げ時に赴任し約10年間勤務する大矢日出夫General Directorはそう口を開く。「日系工場の多くは円安で生産調整している。円安は来年5月くらいまで続くと見られ、それまで景気はよくならないのでは。設立当初は募集を出せば20人くらいすぐに応募がきたが、今は人も集まりにくい」
大矢日出夫General Director
ここには組立工場と、全4500アイテムのうち700アイテムを展示するショールームがある。工場ではトルクレンチとシヤレンチ(鉄骨接手に用いるシャーボルト専用工具)の組立・ならし(動作確認)・校正を行う。主力のトルクレンチは年間4万本、シヤレンチは3500台を生産する。当初の計画ではトルクレンチは今頃は8万本の生産だったというから伸び悩みは否めない。出荷先のほとんどは日本で、ベトナム、タイがそれぞれ1割弱。競合メーカーの存在が大きく日本での販売が思うように伸びていないという。
トルクレンチの組立・ならし・校正エリア
同社のプレセット形トルクレンチはトルク値をあらかじめセットして用いる。トルク数値の表示が数字で読み取りやすく調整しやすいのが特長だ。「数字表示は独自開発したもので、目盛り合わせと異なり作業性が向上する」と自負する。部品は100%日本から調達し、校正装置、ならし用装置も日本製で、日本品質をきっちり守れる生産体制と言える。
トルク数値が読み取りやすく調整しやすいプレセット形トルクレンチ
■高い社員の定着率
設立当時は社員数7人だったが、今や25人に増え、定着率も高い。ベテラン作業者の能力は確実に向上し、「1製品の組立、校正あわせて60分要していたが、今では25分に短縮した」。全体的に白を基調としたきれいな工場は、校正作業をするために室内温度は18~28℃以内に調温。残業がなく(今年は決算期の5月に生産を間に合わせるため4週間だけ、操業以来初めて残業を実施した)、有休がとりやすいので長く勤めたくなるのはもっともだ。「近くに給料が当社より高い台湾、韓国、日系の工場もあるが、過酷な環境で長く続かないと聞く。当社はお子さんをもつ社員にも働きやすい職場になるように努めている」と大矢氏。
現状ではすべての部品を日本から調達しているが、日本本社からはコストメリットを出せるよう40%を現地調達するよう指示されているという。
「稼働した当初にサプライヤーを探したが、当社が指定する材料を入手するのはなかなか難しい。裾野産業の発展がベトナムの課題と言われているとおりで、焼き入れなどはうまくいかないようだ。ただ当社は増産も計画しているので、今年中に副資材など調達しやすいものから徐々に現地調達していきたい」
同社は半年後をめどにトルクレンチ組立エリアを150平方㍍増床したところに、新たに機械を導入して増産する。生産数は現状より倍増して、近い将来には10万本へ高める考えだ。
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JETRO(日本貿易振興機構)Ho Chi Minh Office Chief Representative 松本 暢之 氏(ホーチミン日本商工会議所 副会頭)
AMANO VIETNAM General Director 本間 鉄也 氏
YAMAZEN VIET NAM General Director 平田 天平 氏
(2024年8月10日掲載)