「ギガキャスト」の現在地
国内メーカーも導入へ
テスラが先鞭をつけた、車体パーツを一度の鋳造で製造する「ギガキャスト」。いち早く追随したのが世界一のEV大国・中国の自動車メーカー各社だ。ここ数年、外資系自動車メーカーから地場メーカーまで同技術を導入する動きが活発化する一方で、ブームに対するマイナス要因も浮上しつつある。
部品点数の大幅削減による明確な生産工程の簡略化を武器に、中国の自動車産業で爆発的なブームとなりつつあるギガキャスト。中国汽車工業協会は、ギガキャスト関連市場は2021年の85億元(約1785億円)から2025年には323億6000万元(約6800億円)に達すると予測しているほどだ。
そのギガキャストマシンにおけるトップランナーが中国の工作機械メーカー・力勁科技集団(LKテクノロジー)だ。鋳造技術に強みを持つ同社によるギガキャストマシンのグローバルシェアは9割を超える。
売り上げも右肩上がりだ。同社の売上高は2021年に3億元(約630億円)から2022年に5億元(約1050億円)を突破した。型締力6000㌧以上のダイキャストマシンの受注実績は2021年18台、2022年度28台、2023年38台と急成長している。生産能力も大幅に強化している。2023年までは月産4台体制だったが、2024年1月の杭州湾工場の竣工により、月産9台体制へと倍増。「今後は杭州湾工場の生産能力をさらに増強し、月産14台体制へ移行する」という。同工場では最大2万㌧クラスのマシンの製造も可能という。
トヨタが開発中のギガキャストパーツ
テスラをはじめ、トヨタやフォルクスワーゲンなど中国に生産拠点を持つ大手自動車メーカーに加え、中国のローカルEVメーカー、Tier1クラスの部品メーカーがこぞってLK社のギガキャスト機を導入。これまでアンダーボディ中心だった鋳造から、ボディ部分の一体成形に取り組むメーカーも出始めており、「おもちゃのクルマのように」というイーロン・マスクの発想がまさしく具現化しつつある。
このギガキャストに対応する金型メーカーの間では、すでに熾烈な価格競争が始まっている。中国で事業展開する日系金型メーカー幹部は、「ギガキャスト用金型を納入し始めた2021年頃と比較すると、いまはおよそ2割安い価格じゃないと勝負できなくなってきている」と嘆息を漏らす。
■日本国内での採用事例も
国内の工作機械メーカーもギガキャストマシン製造へ動き始めている。先鞭をつけたのはUBEマシナリーだ。同社は国内1号機となる型締力6500㌧の「UB6500iV2」を開発。こちらは静岡県のリョービ菊川工場に納入され、2025年3月の本格稼働を目指している。
また同社は型締力9000㌧の「UH9000」を開発。こちらは愛知県みよし市のトヨタ明智工場に納入される見通しだ。当面は部品や工程の削減、車体の軽量化が実現可能かを見極める試作用で、量産は想定していない模様。ちなみに型締力9000㌧クラスのギガキャスト機で製造されている車の代表格として、テスラのサイバートラックが挙げられる。このことから、トヨタも大型SUVクラスEVのアンダーボディ製造に取り組むのではないかと見られている。
UBEマシナリー「UB6500iV2」
一方で、ギガキャストマシンの導入において、大きな課題とされているのがその運搬方法だ。前述のUBEマシナリーの型締力6500㌧タイプは、全高7.9㍍、全長26.6㍍、全幅8.6㍍とかなり巨大。総重量も約600㌧と言われている。一方で日本の高速道路の重量制限は車両含め36㌧、一般道で27㌧となっている。重量物における公道運搬の代表例として新幹線車両が挙げられるが、0系の車体は約55㌧、N700系が約44㌧と重量制限を軽くオーバーしている。こちらは許可を得た上での運搬が可能となっているが、ギガキャストマシンに比べればかわいいものだ。
ある程度部品をばらした上での運搬し、現地で組みつけるのが現実的だが、それでも主要部品を運ぶとなると、運搬ルートにある所轄の警察機関から許可を取りつつの運搬になる。しかし、その許可を取得するにもかなりの時間を要するとも言われている。
それでも最新技術の導入で市場競争力を高めたい、と目論むメーカー、Tier1が水面下で着々とギガキャストマシン導入の道筋を探っている。それに応えるようにギガキャストマシンのトップメーカー、LKテクノロジーも日本法人「LKジャパン」を立ち上げ、国内メーカーへのアプローチを始めている。
だが、現状ではこちらも機械の運搬が大きな課題として挙げられている。「ギガキャストマシンを輸出するとなると、通常のコンテナ輸送では不可能。船をチャーターする必要があり、輸送コストがかなり高額になる」(中国現地機械ディーラー)という。
サプライチェーンを含め、今後のクルマ作りに大きな影響を与えるギガキャスト。だが、その先駆者・テスラではギガキャスト導入の計画が後退している。廉価な中国EVに対抗すべく、2万5000ドルの低価格モデルをメキシコで生産、北米市場を中心とした展開を画策していたが、市場環境の悪化とコスト競争が激化。計画の見直しを余儀なくされている。
「生産性の高さ」と「コストダウン」というかつてないメリットをもたらすギガキャスト。そのライン構築には付帯設備を含めて1台数十億円は下らない。供給過多で厳しい価格競争が繰り広げられているEV市場において、減価償却どころか作るたびに赤字、という状況にもなりかねない。
さらに産業用ロボットの低価格化も影響を及ぼしている。設備更新において、中国地場ロボットメーカーによる「安価でそこそこ高性能」なロボットへの置換で済ます自動車メーカーも出始めている。
ギガキャストはブームで終わるのか、スタンダードとなりうるのか。今後の動向を注視したい。
(2024年9月10日号掲載)