【タイ】高付加価値産業への移行目指す
- 投稿日時
- 2023/05/17 09:56
- 更新日時
- 2024/08/19 13:18
BCG・BEVを集中支援
日本の製造業と縁の深いタイ王国。ASEAN域内での在留邦人数と日系企業拠点数は首位で、それぞれ2位に2倍以上の差をつけている。しかしここ数年、中国や台湾によるBEV(Battery Electric Vehicle)関連投資の拡大により、日本の競争力低下が危惧されている。日系企業が築いてきたネットワークを維持・拡大していくためにも、タイが目指す先を知ることが重要となる。ここではタイ政府が描く方向性を示す新奨励策を確認するとともに、タイ政府が力を入れるBCGやBEV関連の現状や動向を見ていく。
タイの2022年のGDP成長率は2.6%と堅調に推移しているが、合計特殊出生率は1.34と日本と同水準まで低下しており、低位推計では22年の6990万人をピークに減少に転じたとみられている。人口減少は国内消費の低下や人手不足といった問題だけでなく、成長が著しい他のASEAN諸外国との相対的な競争力低下にもつながるため、産業構造の高度化や技術移転を急ピッチで進める必要が出てきている。
昨年11月にタイ投資委員会(BOI)から発表され、今年1月から27年までを対象として始まった「5カ年投資促進戦略」にもそのような傾向はみられる。新投資促進戦略には3つのコアコンセプト(1)イノベーション、テクノロジー、創造性(2)競争力と迅速な適応能力(3)環境と社会の持続可能性を考慮に入れた包括性)が中心に掲げられ、既存産業の高度化・スマート化や新産業の創出、サプライチェーンの強靭化など、タイ経済を「新たな経済」へと押し上げるための投資の活発化を狙う。
より具体的な新投資奨励策には、従来は7区分であった奨励対象分野をBCG(バイオ〈Bio〉・循環型〈Circular〉・グリーン〈Green〉)経済やデジタル・クリエイティブ分野など加えた10区分へと改めた。加えて、区分内に4業種「電気自動車関連業種」「新エネ関連業種」「未来食品関連業種」「航空宇宙関連業種」追加。恩典に関しても、現行の最上位カテゴリーの「A1」の上に、バイオテクノロジーやナノテクノロジー、先端材料技術など、高度技術を扱う業種に最長13年の法人税免除を与える「A1+」を新たに追加するなど、手厚い恩典を用意する。
■教育・研究機関との連携推奨
タイが産業の高度化を推し進める理由には「中所得国の罠」がある。経済発展により一人当たりのGDPが中程度の水準まで発展した途上国が、発展パターンや戦略を転換できずに成長率が鈍化し、高い所得水準まで届かない状態や傾向を指す言葉。その状況を免れるためには産業の転換だけでなく基礎研究や人材育成にも力を入れていく必要がある。A1+の取得に教育機関や研究機関と提携しタイに技術移転を行うことを条件に加えるなど、外からの技術移転を求めるが、日系企業の関係者から高度化したくともソフトウェアエンジニアが足りないと声が漏れるように、既に特定のハイテクノロジー産業では人材不足が技術移転や投資の妨げにもなっている。
そこでタイ政府が昨年から取り組みだしたのがSTEM人材(科学・技術・工学・数学分野を統合的に学んだ人材)の育成を手助けする「STEM One-Stop Service(STEM OSS)」だ。STEM OSSが企業からの人材に関する相談を一手に引き受け、ニーズがある分野や求められている人数を大学などに共有することで、企業が求める人材を集中的に育成・提供するもの。このほかに、既に雇用している従業員への再教育についても相談を受け付ける。JETROの担当者が「ソフトウエアのエンジニアの給料は日本人のエンジニアよりも高い場合もある」と話すように、人材や産業の高度化は中所得国の罠からの脱出を一部で現実のものとしつつある。
新産業を重点支援
■バイオ余剰資源を高付加価値化
奨励業種の選定について、「グローバルトレンドやタイの強みを確認している」とタイ投資委員会(BOI)のソンクリン・プロイミー副長官はインタビューに応じたが、そのどちらにも合致するのが18年に発表されたBCG経済モデルだろう。ソンクリン副長官も「タイ政府にとっても非常にプライオリティが高い産業。BCGはバイオテクノロジーだけでなく、持続可能性やグリーンなど幅広くカバーしている。これはグローバルの潮流とも合致したものと言ってよい」と説明する。タイはサトウキビやキャッサバなどの主要な生産国にも関わらず、年間4千万トンものバイオマスが有効に活用されていない現実がある。余剰の資源をエネルギーや化学物質などの付加価値の高いものへと変換することで、独自の強みを活かした持続可能な発展を目指す。
EECi内に設置されたスマート農園。ハーブの一種ツボクサは鎮静作用や抗菌作用の活用が期待される。農園をスマート化することで3倍ほど収穫量がアップする
こうした表向きの理由に加えて、BCGの推進にはバンコクや東部経済回廊に集中する富を是正する意図もある。20年の国家経済社会開発委員会(NESDC)の調査によれば、製造業の集積地である東部(43万6255バーツ)と主要産業が農業である東北部(8万6233バーツ)では一人当たりGDPに約5倍の差がみられる。また、農業・食品産業には労働人口の約3割が従事しているが、GDPへの貢献度は6%ほどでしかないなど、地域・産業の格差の広がりが大きな問題となっている。BCG産業を促進することに加え、東北部を中心に地方への投資を呼び込むための追加恩典として、地域別奨励措置に特別経済開発区4地域を新たに加えるなど、地域特性に合わせた産業創出や格差是正を狙う。
BCGの一部とされる医療・ウェルネス分野には、アセアン諸国に先駆けて足を突っ込んだ人口減少局面も追い風となる。高齢者医療市場の拡大、医療ツーリズムによる外国人観光客の増加、民間医療機関の設備増強・拡張から、医療機器の需要増加が期待されている。BOIによれば、22年上期の同分野への直接投資申請は800億バーツ(約3200億円)。対内直接投資総額の35%を占めるなど、動きは活発化してきている。
■中国系BEVメーカー台頭
日系企業が中心となって築いてきた自動車産業が根付いていることもタイの特長の一つと言っていいだろう。自動車生産数はASEANの中で約5割のシェアを誇り、コロナ禍には沈んだ需要も22年は188万台と19年以前の9割ほどの水準まで戻してきた。近年、そうした自動車産業基盤を軸に推し進めるのがBEVの促進だ。盤谷日本人商工会議所の加藤丈雄会頭(タイ国三井物産社長)が「これまでの投資奨励策では法人税の免除などにとどまり、直接タイ側が投資することはあまりなかった。BEVに関しては補助金を出すなど直接支援している」と話すなど、日系企業から見てもBEV活用促進への本気度はうかがえる。実際、昨年のBEVの登録台数は約2500台から9729台へと急増。自動車全体のとしてはまだ1%程度だが、JETROの担当者が「今年は3%くらいまで伸長する見込み」と話すように、市場の成長は確実視されている。
約1万台のうち何が売れているのか。中国系メーカーの長城汽車(GWM)と上海汽車(MG)の2強と言っていいだろう。タイ運輸省陸運局の調べによれば、街乗りに最適なGWM(長城汽車)のORA GOOD CAT(オラ・グッドキャット)は約3800台、MGのEPが約2400台と続く。オラ・グッドキャットに関しては記者が三月にタイに行った際、半日ほどのバンコク滞在期間にも目にするほどであった。
販売だけでなく、投資も中国からのものが目立つ。19年以降の20億バーツ(80億円)以上の大型投資は自動車BEV向けで中国系企業が多数認可されている。MGは21年に37億バーツの投資計画が承認され、今年から生産を開始する予定だ。GWMも20年にラヨーン県の米GM工場を買収し、24年からの生産に向け動き出している。台湾・鴻海精密工業・タイ国営石油(PTT)やBYDも24年よりタイでBEVの製造を始める予定であり、ここ数年で市場に占めるBEVの割合が急激に増えていきそうだ。
GWMが買収した米GM社の工場
(取材協力・日本アセアンセンター/BOI=タイ投資委員会)日本物流新聞5月15日号掲載