インタビュー
松田椅子製作所 松田 弘司 さん
- 投稿日時
- 2023/01/26 13:36
- 更新日時
- 2023/01/26 13:41
座るひと・場面にふさわしい椅子を
人びとにくつろぎと安らぎを与える椅子。商業施設やレストランでは空間装飾のひとつとして場所に華を添えることもある。長年、椅子内張工として多種多様の椅子を生み出してきた松田弘司さんは、デザインを考案する際「置かれる場所を想定する」ことを重視するという。中に入れるウレタンの固さや厚み、のぞましい耐久性、最適な背もたれの角度など思いを巡らしつつ、原寸大の図面を引く。
挑戦に次ぐ挑戦が感性磨く
椅子張りにはカタログに載っているような既製品の椅子と、一からデザインをおこす別注があるが、松田さんが主に手がけるのは別注の椅子。文房具メーカーからは、「人が座れるペンケース形の椅子」の依頼が来た。チャック部分が実際に開け閉めできるよう作製した。他にも、地域キャラクターをモチーフにしたキッズルームの座席シートや、ホテルのロビーに置かれる椅子まで作り出す。内張の技術を応用し室内装飾も手がけることもあり、作る椅子の用途やテイストは多岐にわたる。
他の職人が断るような依頼も、松田さんは「よっぽど無理でなければ」ほとんど受けるという。「既製品は型があるから発注はラク。でも別注やと原寸図描かなあかんし、ウレタン発注して型取りしないとあかん。縫製もあるしで大変やけど…性に合ってるんです」と明るく話す。
大きな紙に原寸を手書きし、木工職人に送る。クッション部分の厚みを考えてウレタンの配合を考え注文し、ウレタンを切り縫製する。最も神経を使うのは型出しだという。ビニールからレザー、皮などの素材で伸びが違う。それを十分考慮して型を出さなければ、縫製や張りの技術がいくらあっても綺麗に貼ることができない。大きすぎると生地がだぶつき、張り映えがしない。型出しをきっちりし綺麗に張れ、完成した時にようやく安堵するという。
一番苦心したのは某高級菓子店からの依頼だ。熟練の勘と高度な技術を要すボタン絞り仕上げを、納期が短い中で背もたれと座面に施した。袖部分に大きな円を開けたことと、革生地のため難易度が上がり手間がかかった。本革は厚みがあり、伸びないためボタンを一つ通すのも苦労したという。「出来上がった時は達成感が大きく、ほっとした」。
松田さんは苦労を話す時も語り口は朗らかだ。手掛けた椅子は一つとして同じものはなく、デザイン・色・仕様もキッズ向けのキャラクターから、洗練された高級感のあるテイストまで極めて多彩。ここまで手広く対応する内張工は業界でも珍しいと評されることもある。そんな自らの足跡を「挑戦はしてきたと思う」と話す。
ミシンがけの手つきは柔らかくなめらかだが、見据える眼光は鋭い
■モノづくり好きな人が集まる
幅広いオーダーに対応する柔軟な感性を支えるのは、椅子づくりへのひたむきな姿勢だ。松田さんの父が始めた松田椅子製作所で、幼い頃から父の作業と、祖父と祖母、母が家族総出でミシン掛けをする風景と共に育った。家業を継ぐつもりで工芸高校へ入学。卒業して20歳から椅子張り一筋で仕事をしてきたが、それでも自信がついたのは40歳の手前だという。
「製作所によってはミシン掛けと張りなどを分業するところもあるが、うちは型取りから張り、縫製まで一人で任せる。イチからやれんと一人前って言われへんやないですか」と、終始柔和に語っていた松田さんが、口調に厳しさをにじませた。「独立目指してうちにくる子たちに絶対言うのは『なんぼ必死にやっても10年は絶対かかる。お客さまに椅子を提供すんねんから』ということ」。
手先の器用さも大いに関係するものの、椅子づくりで重要なのはトータルバランスだと言う。「張るだけに特化するより、ミシンは繊細に、ラインが目立つところは綺麗に仕上げようとする感性も必要」。くわえて、「何よりモノづくり好きな人やないと」と話す。実際、これまで松田さんの元には家具が好き、家具づくりが好きという若い年代の職人希望者が性別問わず集まってくるという。
【愛用の道具】裁ちばさみとマグネットハンマー
松田さんの父が愛用していたマグネットハンマー。現在ではタッカーが主流だが、口で釘をくわえて手が空くため作業効率がいい。また、湿らせた釘が錆びることで素材から抜けにくくなる利点も。「この釘を使ってるかどうかで椅子の年代がわかる」という。
裁ちばさみは職人によって好みは変わるが、長めの28センチが使いやすいとのこと。
(2023年1月25日号掲載)