インタビュー
デンソー 先端技能開発部 企画統括室 人づくり企画課長 簗瀬 照彦 さん
- 投稿日時
- 2025/01/28 13:28
- 更新日時
- 2025/01/29 08:52
技能五輪全国大会で日本一逃した経験が技能者育成の原点
技能流失恐れず海外技術者育成
デンソーでのマスター認定制度立ち上げや新興国での技能者育成などに取り組んできた簗瀬照彦氏。自身も、技能五輪全国大会に2度出場している。「もし、自分が技能五輪全国大会で優勝していたら、今の仕事はしていなかったかもしれない」と感慨深く振り返る。

やなせ・てるひこ。1968年、愛知県豊田市生まれ。電装学園(現・デンソー工業学園)を卒業後、技能五輪大会の指導者に。その後、新興国技能者の育成や技能伝承を目指した「マスター認定制度」の設計などに関わる。技能五輪世界大会では審査員を務め、競技課題の設計を行うなど世界の技能者の発展と地位向上に貢献した。趣味はアウトドアと農作業。今は米や野菜を育てている。「家族が食べるお米は自給できるようになりました。モノづくりという点では機械と同じですが、手をかければかけるだけ育ってくれる。農作業に向き合っていると仕事のことを忘れられます」と話す。
【令和6年選出:現代の名工】精密機器組立工
現在は研究開発カテゴリーで概念や価値の実証、研究試作を行う先端技能開発部に所属し、開発技能者の人材育成を担っている。「今は実際に手を動かすことは減ってきました」と笑う。
建具職人の父と洋裁職人の母のもとに生まれた簗瀬氏にとってモノづくりは子どものころから身近なもの。「自分の腕で食べていきたい」との想いから中学校を卒業後、企業内訓練校「デンソー工業学園」に入った。2年時に技能五輪全国大会の育成選手に選抜される。「これが、現在の仕事のすべての原点になった」と話す。
種目は「精密機器組立て」。フライス盤、旋盤、平面研削盤などを用い部品を加工。手作業で仕上げと組み立てを行う。1000分の1㍉単位の超精密な加工技術を求められるシビアな競技で「機械でもある程度は精度が出せますが、図面通りに仕上げた部品をくみ上げても満足に機能しません。単純化して話せば全部品が公差内に収まっていても、部品Aにプラスの誤差があれば、部品Bをマイナスに修正するなど、繊細な調整をしなければいけません」と語る。
簗瀬氏は、2度出場するも、優勝は果たせなかった。「今思えば詰めが甘かった。100個作れば100個、基準に収まるように出来るまで、やりきれなかったです」。
技能五輪訓練を修了すると、多くはデンソーの各部署に配属されるが、簗瀬氏は後進の指導のため学園に残ることになった。自分が果たせなかった優勝を、後輩と共に目指すのが仕事だ。
「一人一人の生徒の苦手なところを適切に見極め、なぜできないかを突き詰めることが必要でした」と語る。どこが分かっていないか、本人が言語化できないことも多い。いわゆる「何がわからないかがわからない」という状態だ。「生徒の目線を追っていき、どこを見て、どこを見ずに作業しているかを確認しました」という。
印象深かった生徒が一人いる。「技能五輪全国大会に4度挑戦した子で、ほんとに出来が悪かった。同期が2年目に世界大会で優勝し、3年目に後輩に抜かれました。それでも4度目の挑戦をしたいと。私にはなかった思いの強さを持っていました」。
「その子は4度目の挑戦で優勝しました。ただ、ドラマチックな話は全くありません」と頭をかいて「人によっては1年で出来る人もいるし、4年かかる人もいる。それだけのことなんです。職人の本質は一つのことをやり続けられるかどうか。指導者は、情熱がある限り、それに根気強く付き合うことが重要です」。
13年間、技能五輪の指導に携わった後、アジアを中心としたデンソーの拠点で技能人材育成に関わった。最初の仕事はインドで、機械加工人材の育成。これが設備面で恵まれていた技能五輪の指導と全く違った。工作機械は旧式、工具もそろっていない。技能五輪どころか、技能検定2級の精度も出せない状況だった。「設備を日本から持っていくとコストに合わない。技能五輪の人脈や知見が役に立ち、韓国製のフライス盤を調達しました」。
現地に着くと、道具を引き出しからイチイチ出して作業していることに簗瀬氏は愕然とする。「なぜ、そんな作業性がわるいことを」と聞くと現地スタッフは「道具を盗まれるから」と答えた。
簗瀬氏が設計・製作し第36回技能五輪国際大会(韓国・ソウル)で精密機器組立て職種の競技課題に採用された、形状測定治具の機構を取り入れた作品
そこで簗瀬氏が現地で最初にやったのは作業台を作ることだった。これで道具の所在は一目瞭然。盗まれることはないと説明した。「日本では目線を追って『どこが苦手か』を探るような指導法でしたが、インドのスタッフは『なぜそうするのか』、当たり前が通じず理由をひたすら質問してきます。教わるスタンスがこれだけ違うのか、と驚きました」という。持続可能な育成体制を構築するため、スタッフ自身に作業要領書をつくらせ、2カ月で技能検定2級のレベルに持って行った。
■デンソー学校と呼ばれても…
次に取り組んだのが中国での自動化設備の現地保全員の育成。「デンソーの設備の知識を身に付けたうえで、メンテナンスや修理が行える人材を育成しなければいけない。ただ、生産現場を止めるわけにはいきません。トレーニング用の教材設備が必要です。センサーの教材、シーケンス制御の教材、空気圧の教材など一つ一つの専用教材は日本にあったのですが、これを中国で全部作ればコストに見合いません」。着任後3カ月の間、20拠点をまわりニーズを吸い上げ「ひとつの教材設備で様々な要素を学べる教材を新たに開発。日本から来た図面を、トレーニングもかねて現地で作り上げました」。
中国スタッフは学ぶ意欲が高かったが、同時に技術を学んで辞める人も多かった。終身雇用制度の中、教えた技術も会社の資産、と考える日本のやり方では育成は難しい。「『デンソー学校と呼ばれてもいい』。中国全体の技術水準があがれば」と、惜しまず自身のすべての技術を叩きこんだ。
2014年からは人事部で技能人材育成に携わる。そこで「マスター認定制度」の仕組みを作る。どのような技術を残していかなければならないか、どのレベルに達した人を認定するのか、多岐にわたる部門・業務すべてで棚卸しを実施。評価や処遇をどうするか設計していった。
マスター認定制度により会社の維持・発展に必要な技術が「見える化」され、技能や技能者がブランド化された。「これまでも技能を大切にしてきた当社だが、より技能者への会社の期待が高まり、また若い技能者にも目指すべき指針が出来たことで頑張り甲斐が出ました」と振り返る。
【名工愛用の道具】マイクロメーター
最近は手にすることが減ったというマイクロメーターだが「こいつには本当に世話になった」と目を細める。「マイクロメーターは100分の1㎜しか目盛りがないですよね。その目盛りの間を見て1000分の1㎜を読んでいきます」、「この1000分の1㎜を見極めなければモノが組みあがらないのです」と話す。
(日本物流新聞2025年1月25日号掲載)