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インタビュー

三陽工業 代表取締役社長 井上 直之 氏

投稿日時
2024/10/25 09:08
更新日時
2024/10/25 09:11

製造派遣の“普通”をひっくり返す

国内のあらゆる製造業が今後、深刻な人手不足から逃れ得ない。だからこそ働き方のアップデートが喫緊の課題だが、現場によっては製造派遣サービスなど別の手段を講じる必要もある。製造派遣は「定着に難がある」というのが一般的なイメージかもしれないが、三陽工業(兵庫県明石市)は定着率92%と、この点で他社を大きく引き離す。「製造派遣の"普通"を壊したい」。井上直之社長はそう意気込む。

定着率9割の考動する集団

――元は研磨が本業ですが、今は製造派遣で成長中です。なぜ製造派遣に。

2008年までは川崎重工業・明石工場様向けの研磨の仕事が売上の9割強を占めていました。当時の売上は12億円前後で、直近の十数年もだいたい同水準で推移していたのでなんとなく今後もこれが続くだろうと思っていたんです。しかしリーマンショックでご多分に漏れず大打撃を受けまして、翌年の売上が一気に7億円強に激減しました。それで1社依存の怖さを痛感し、それまでは明石や神戸市西区などごく一部の地区でやっていた製造派遣を、当時航空機の量産が始まっていた岐阜へ一足飛びに拡大したんです。そこから滋賀、福岡と広げていき今では全国27の営業拠点があります。私の前職が派遣会社だったこともあり、知識もありました」

――貴社の製造派遣は定着率が92%とか。

「同業よりかなり高いです。業種にもよるのですが、この業界は通常なら年間で2~3割の方が残れば御の字。私調べですが、10人が入社しても初日にお客様の工場に連絡なく来ない方が3人ほどいます。同じことが続くたびにお客様も慣れて期待しなくなり、残った7人も一緒くたに見られて大切にされない。教え方も当然、荒くなります。すると派遣社員も職場にネガティブな印象を持ってしまう、という負のスパイラルをぐるぐる回し続けていることが、前職時代から常に違和感でした。葛藤を抱えつつも当初はなんとか割り切っていましたが、それも2016年に限界を迎えて。現状を変えてやろうと始めたのが、現在1530人が在籍する生産推進グループです」

「全員が我々の正社員。それが派遣というスキームでお客様の工場に行きます。休まない、まじめに働くのは当然。それに加えて作業ではなく『仕事』をする人材です。例えば本来は1分かかる作業を10秒縮めたり、前後工程との連携や新人への指導法を考えて行動します。グループには主任や課長の役職があり、彼らが新入社員に寄り添い、細かく気を配りながら支えます。それでも退社してしまう人が出れば、何が足りなかったのか考えて試行錯誤します。これは自社工場なら当たり前ですが、派遣ではそこまで求められないので普通やらない。こうした色々な派遣の“普通”をひっくり返したいとずっと思っていました。製造業は年次と共にスキルも上がるので、離職率が低いと成長した人が現場に増えてお客様に喜んでもらえる。同じ現場で働く仲間が増えると交渉力も上がり、福利厚生で社員に還元できます。そうした職場を増やし、日本の製造現場を元気にしたい。負ではなく、正のスパイラルです」

――自発的に行動する人を育てるためのポイントは。

「物事の考え方です。三陽スタンダードという10箇条の行動指針があり、それをより噛み砕いた50項目のルールブックがあります。これが非常に大きな武器になっています」

――穿った見方で申し訳ないのですが、例えば社訓を唱和したとして、それが浸透するかどうかは別問題に思えるのですが。

「たぶん、毎日唱和するから浸透しないんだと思います。我々は一切強制しない。そもそもスタンダードもルールブックも若手社員が有志で作りました。私はそれを承認しただけ。大切なのは主体性と当事者意識で、強制は最も避けるべきです」

――つまりルールブックが自発的に生まれる環境が重要だと。

「仰る通りで三陽工業の社員とは何かという定義づけと、そこに応えれば給与や役職が上がる仕組みが重要。例えば生産推進グループ内で昇進する以外に、自社工場や営業部門で活躍する道もあります。近年は我々のように正社員で雇用する製造派遣も増えましたが、それはあくまでポイントの1つに過ぎません。派遣業はサービス業です。例えば費用さえかければテーマパークは作れますが、すぐさま某超有名テーマパークと同じレベルにはならないですよね。つまり重要なのはホスピタリティで、それを突き詰めることが顧客満足にも従業員満足にもつながります」

モノづくりの総合商社へ

――研磨など自社のモノづくりと製造派遣を並行されています。ユニークですが、両事業のシナジーは。

「現在230人くらいが自社でのモノづくり部門で働いています。この規模の製造業なら多くの場合は人手不足に直面するはずですが、我々は生産推進グループの社員を自社工場へ配属しており困りません。生産推進グループの平均年齢は32歳。無限の可能性があります。例えば新卒で自社工場での研磨を希望した社員がおり、1年半くらい派遣先で修業をした後に研磨工場へ配属になりました。まだ研磨を始めて1年足らずですが、過去最高レベルにセンスが良く、社内でも最も繊細な寸法出しが必要な作業を担ってもらっています。研磨のような難しい作業は若手には務まらないという風潮がありますよね。ただ実際にやってみると、十分に務まるんです。生産推進グループの社員が会社負担でトラック免許を取得し、自社の運送部門で活躍する取り組みも形になりはじめています。今は数十年前とは採用環境が一変していて、おそらくこれから先も同様。待っていても理想の人が来ないなら、理想の人を自ら作り出す育成に舵を切る必要があります」

――人というリソースに困らないのは製造業では大きいですね。

「実はM&Aも同様で、基本的に事業承継者がいない町工場をM&Aしますが、生産推進グループの社員たちが工場長や社長を目指すという意気込みでやってくれています。大半は事情があり売却に至ったわけですが、理由もなく続く会社はないわけで、裏を返せば一定以上存続してきた会社には必ず何かしらのバリューがある。現場の力という最も重要なリソースを足して課題を潰し込めば、十分に自走できるようになるんです。初めてM&Aした企業も2年は赤字でした。しかし3年目から復活し、今ではグループに良い貢献をしてくれています」

――人手不足で派遣業はますます忙しくなりそうですが、派遣とモノづくりのどちらを伸ばす方針ですか。

「今は派遣とモノづくりの事業が8:2の割合。しかしM&Aでモノづくりの比率を上げ、早い段階で5:5に持っていきます。団塊世代が75歳になる2025年からの1015年は後継者不在によるM&Aが活況になると見ていますし、何より廃業で企業の持つ技術が失われてしまうのは純粋にもったいない。そして最終的には、色々な製造業の課題を我々が解決できるようになれれば。いま手がけているのは研磨と表面処理、レーザー加工、機械加工ですが『困ったら何とかしてくれるモノづくりの総合商社』をイメージしています。あるいは中小企業のモノづくりコンサルも良いですね。事業売却には至らないまでも何かしらの課題を抱える企業へ、例えばリーダーと数人の生産推進グループの社員が数年行って課題を解決し、ノウハウや考え方を残して引き上げる。コンサルは相談だけですが我々は実行します。これができれば非常に面白いですし、それを可能にする人材が各拠点で育っています」



(2024年10月10日号掲載)