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けんかっ早いけど人が好き Vol.83 岩貞るみこ氏(自動車評論/作家)

投稿日時
2024/10/25 15:51
更新日時
2024/10/25 16:32

不審者卒業

東京消防庁の救命救急講習に行ってきた。止血や心肺蘇生、AEDの使い方を学び、いざというときに行えるようにするためだ。この資格は3年ごとに再講習が義務付けられており、私にとって今回は5回目(?)の再講習である。場所は東京タワーのそばにある芝消防署。以前出版した『東京消防庁芝消防署24時』(講談社)で密着取材をさせてもらった思い出の場所でもある。

密着取材の日々が懐かしい、芝消防署

私が持っている資格は応急手当普及員といい、他の人に教えることができるのだが、それゆえ正確性はもちろん指導技術も求められる。実技では二人一組になり指導者役と生徒役になるのだが、組む相手は当日、隣の席に座った人なのでもちろん面識はない。私のお相手は、40代くらいの人懐っこそうな笑顔の男性だった。開始前に軽く挨拶はするのだが、お互い、相手の仕事や受講理由など深く詮索しないというのが、大人のルールである。

ところで、私はなにかと怪しい雰囲気を出す(本人に自覚なし)。内閣府の会議に行けば周辺警護の警察官に不審者がられて何度も呼び止められたことは以前このコラムでも書いたとおりだ。これはいけない。お相手に不審がられないよう、不穏な気配を消さなければ。私は気合を入れ、120%のエンジン全開で(エンジン焼き付きそう)超絶にこやかに接することにした。

実技が始まると、生徒役はちょいちょいわざと間違えてトラップを仕込む。そのたびに「はい! 胸を見て!」「しっかり腕を伸ばしてください!」と注意するのだが、ここもひたすら、にこやかに、かつ、ゆっくりはっきり大きな声をかける。早口でぼそぼそというのは指導的によくないうえ、どうも不審者に見られやすいというのが、私がこれまでの経験で得た知見である。3時間の講習も終盤にさしかかると、さすがに二人のあいだにほんのりと仲間意識が芽生えてくる。すると講習終了後、相手の方が私の素性について尋ねてきた。

「幼稚園の先生ですか?

なんと。幼稚園の先生といえば平和の象徴、正義の味方ではないか。心のなかでガッツポーズだ。不穏な空気を消しきったのだ。やればできるではないか。次に内閣府に向かうときは、この調子で警備の面々をかわしてみよう。



(日本物流新聞20241025日号掲載)

岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)

神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『法律がわかる! 桃太郎こども裁判』(講談社)