連載
けんかっ早いけど人が好き Vol.81
- 投稿日時
- 2024/09/25 13:23
- 更新日時
- 2024/10/09 17:14
取扱説明書
私は取扱説明書が読めない。気づいたのは社会人になりたてのころだ。なにかの記念品としてもらったデジタル腕時計の取扱説明書がさっぱりわからないのである。当時としてはそこそこ多機能だったはずだが、時間を知る以外の使い方ができないまま終わった気がする。
のちに、俳優のトム・クルーズさんは読字障害で、周囲の方に台本を声に出して読んでもらって覚えると知った。ひょっとして私、世界的スターとお揃い?と不謹慎にも浮足立ったが、彼のような読字障害は文字そのものの認識ができないという。しかし、私の場合、文字はわかる。新聞や資料などの文章も理解できる。ただ、取扱説明書だけが9割くらいの確率で字面は追えるけれど頭のなかに入ってこないのである。
この感覚は遠い昔に似たような記憶がある。幼いころに大人用の本を開いたとき、単語がわからず文法もむずかしく、読んでいるつもりでもまったく理解できなかったのだ。そもそも、すべてを理解している人が取扱説明書を書いているのが間違いだと思う。この単語は知っているのが当たり前。この程度のことは書かなくてもわかるでしょ的な感覚で書くものだから、まるで呪文のような内容になるのだ。一度、某取扱説明書があまりにも理解できなかったのでサービスセンターに電話をかけて聞いてみたら、そんなこともわからないのか的な態度をとられ机をひっくり返しそうになった。いや、電話なので、相手とのあいだに机はないのだが。はっきり言おう。取扱説明書を書く人は、メカ音痴をなめている。技術者の常識、世間の非常識とはよく言われるけれど、まさにそのとおりだ。しかも世間のおばさんともなれば、筋金入りのメカ音痴だ。かくなるうえは、ぜひ、私に事前チェックという任務を与えてほしい。なんなら私に書かせてほしい。すばらしい取扱説明書を書き上げることを約束しよう。
そんななか、家電メーカーのダイソンの掃除機を買った。すると、取扱説明書に文字はなく図解ではないか。世界には母国語すら読めない人がいるため、そうした方への配慮らしい。相手の立場にたち正しく使ってもらうための意識の高さ。すばらしい。見習え、日本の技術者!
【筆者紹介】
岩貞 るみこ氏
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『法律がわかる! 桃太郎こども裁判』(講談社)
(2024年9月25日号掲載)