連載
けんかっ早いけど人が好き Vol.31
- 投稿日時
- 2022/08/23 16:51
- 更新日時
- 2024/08/19 13:19
スマホは第二の脳
スマホは単なる通信機器ではない。スマホの先にあるのは知の泉。そう、スマホは人体用後付けメモリーなのである。漢字辞典、英単語、時事ネタ、財布代わりの電子マネー。家族の携帯番号すら、もう私は覚えちゃいない。ぜんぶスマホ頼りだ。その大切な第二の脳に大事件が起こった。そう、壊したのである。
椅子に座りながらスマホを操作していたときだ。握力が一瞬ゆるみ、手からスマホがこぼれ落ちた。ああ、また落としちゃった。でも大丈夫。そんなときのために、透明の強化プラスチックカバーをつけているのである。しかし、拾い上げるとどうも違和感がする。なんというか、直角が出ていないというか、なにかがずれている感じがするのだ。そして血の気がひいた。スマホが、スマホの表面が、幅のある弓のようにそりくり返っているではないか。さらに私の視界に衝撃的なものが飛び込んできた。弓のようになった部分が枠からはずれ、中の臓器が見えていたのだ。私の第二の脳がむき出しに!
次の瞬間、私はなにを思ったのか、はずれた表面をぎゅっと押さえた。いやいや、なにも見てない。臓器なんて見ていないもんね。こうして押さえていれば、すべてが元通り、というか、そんな事故すらなかったんじゃないの? 人は見たくないものを見たとき、その事実を否定しようとする。しかし、時間が巻き戻せるはずもなく、起きた事実は変わらない。私のスマホは、明らかに、頭がい骨開放骨折&脳挫傷であった。
このまま、私の第二の脳は、その生涯を閉じてしまうのか。このまま死なせるわけにはいかない。せめて臓器移植をしなければ! 緊急手術だ。私はパソコンで最寄りの修理店を探し、猛ダッシュで持ち込んだ。すると、修理店の女性はあっけなく言った。
「あーこれ、電池ですね」
はい、電池?
「電池が寿命に近くなると、膨張することがあるんですよ。落としたときに、枠がはずれたんですね」
ということは?
「電池交換すれば、大丈夫ですよ」
必要なのは的確な診断と手技を持つ名医である。
待つこと30分。手術はあっけなく終わった。私の第二の脳は、また元気に動いている。
(2022年8月25日号掲載)
岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。内閣府戦略的イノベーションプログラム自動運転推進委員会構成員