連載
SUBARU 技術本部 車両環境開発部 電動駆動開発第一課 藤田 薫 さん
- 投稿日時
- 2025/04/25 13:09
- 更新日時
- 2025/04/25 13:12
80以上の変数掛け合わせ最適な「ねじ」選定
ねじや歯車、ばねといった機械要素は、製品が上手く動いたり効率よく機能するために欠かせない。一方で、いまだ解明されていない事象も多く、その世界は奥深い。探求を続ける技術者・研究者にその魅力を語ってもらい、ディープでマニアックな技術のポテンシャルに光を当てる。本稿では前回(日本物流新聞2025年4月10日号掲載)に引き続き「ねじ」に着目する。航空機製造の流れをくむSUBARUもねじにひと際こだわりを持つ企業の一つだ。同社でトランスミッションのねじ締結を担当する技術本部車両環境開発部電動駆動開発第一課の藤田薫さんに話を聞いた。

「安心と愉しさ」
SUBARUが掲げるブランドスローガンだ。一見するとねじとは関係なさそうだが、ここに同社のねじへのこだわりの一端が見える。
「安心を届ける指標の一つである安全性は、事故などが起こった有事の時だけでなく、平時に対する視点も重要です。例えば、走行中にサスペンションのねじが緩んでしまったら、安心だけでなく愉しさも損なわれてしまいますよね。ねじは自動車の信頼性を支える基盤であると捉えています」(藤田薫さん、以下同)
藤田さんが所属する技術本部車両環境開発部電動駆動開発第一課は、SUBARUならではのCVT(無段変速機)や、昨年初登場したハイブリッド機構に対する実験部隊だ。中でも藤田さんはねじ締結やシールを担当する。
「実験というと、試験と評価だけをやっていると思われがちですが、当社では設計条件の設定や製造ライン上での締結可否の確認なども行います」
特に設計条件の設定は、設計の前段階にあり、ここが決まらないと設計を始められないだけでなく、車体の構造設計を大きく左右する。藤田さんは車のコンセプトから、適切な締結条件、つまり確保しなければならない軸力を割り出す。
しかし、この軸力が曲者で、同じサイズのねじを同じ力(トルク)で締め付ければ、均一な軸力を得られるわけではない。部品ごとの寸法誤差や表面の摩擦係数の違いなどによって発生する軸力が大きく異なる。
さらに、締結時だけでなく、「アウトドア好き向け」「寒冷地向け」など車のコンセプトに沿って想定される使用方法や温度領域の違いなども考慮に入れ、同社が目指す期間や環境においてねじを「安定して機能させる」ことが求められる。
「ねじの引張強度や降伏点、締付けトルク、挟まれる物の寸法、環境要因など80以上のパラメーターを考慮して設計条件を算出する 仕組みとなっています。他社さんと協業すると、当社は一本一本のねじ締結に結構うるさいのだなと実感します」
■モーター搭載で変わるねじ要求
藤田さんが最近取り組んだのが、昨年12月に発売となった「クロストレック」や本年4月に発売の「フォレスター」などで搭載されたハイブリッドシステム「ストロングハイブリッド」のハイブリッド機構「トランスアクスル」のねじだ。
トランスアスクルには モーターとモータージェネレーター、フロントデファレンシャルギヤ、電気制御カップリングが搭載されており、藤田さんは新機構の半数以上のねじを担当した。
「CVTとは違い、トランスアスクルには2つのモーター(発電用と駆動用) がケース内に搭載されています。モーターは回転数が高く、効率よく発電するにはステーターとローターの隙間を極力なくす必要があります。そのため、精度よくがっちりと締結することが求められます。しかし、ジェネレーターには薄い板が幾重にもなる積層鋼板が使われており、軸力の低下が大きい 。必要な軸力を確保するため、非常に狭い範囲で設計条件を調整する必要がありました」
藤田さんは実際のねじを試験し、その結果を確認・分析・評価もする。「自分で条件を設定したねじを評価するため、バイアスのかかった見方をしていないかは常に気にしています」。さらに、最近は後人のことを考えたわかりやすい資料作成に心を配る。
「ねじに興味を持つ人材はあまり多くありません。しかし、ねじは根幹技術。正確でわかりやすいデータや報告書を残すことで、今ある技術を次代に繋いでいきたいです」
頭の長いねじ
ハイブリッド機構に径や長さが同じ、ほぼ見た目も変わらない2種類のねじが使われていた。一つは頭部が長く、一つは短い。なぜ違うかを藤田さんに聞くと「車重を少しでも軽くしたいから」と返答。では、なぜ長いねじが併用されているのか。同一プラットフォームの共通部に使用されるねじは量産によるコストメリットを出せるため、「長いねじも残っている」という。ねじ一本一本に選択の物語がある。
(日本物流新聞2025年4月25日号掲載)