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けんかっ早いけど人が好き Vol.80

ガラス越しの花火

とんでもない暑さが続いた今年の夏だが、そんななか、都内で開催される花火大会を見に行こうと、友人に声をかけられた。

一瞬で消えるはかなさが、よけいきれいに感じられる花火。

しかし、私には問題がある。まず、人混みが大の苦手。そんなことでライブ会場でのもみくちゃはどうするのかと言われそうだが、あれだけは別。そして、水とトイレ問題。花火大会のあの人混みのなかで、トイレ争奪戦に勝てる気がまるでしない。そして、暑さ。夜7時をまわっても30度を超える日々が続いているのに、私に倒れろと? そういえば東京消防庁の取材をしていたときに知ったのだが、花火大会が開催されると、会場近隣の消防署は特別体制を組むのだ。そのくらい救護者が増えるということである。

花火は見たい。でも、人混みはいやだし、トイレを心配して水も飲めずに熱中症になるのはもっといやだ。そんなワガママな私をよく知っている友人は、ある提案をしてきた。

「ホテルの花火宿泊プランがあるのよ」

どうやら窓から花火がよく見えるエアコンの効いた部屋で、泡のお酒などいただきながら(私は泡が苦手だけれど)優雅に見られるプランがあるという。もちろん部屋にはトイレもあるし、当然、群衆とも隔離されている。それなら! かくして友人とふたりして豪華にホテルでの花火見学とあいなった。お値段はそれなりにはったものの、なんたって涼しい。トイレの心配もない。それに普段からがさつな私たちのことを、チェックインした瞬間からずっと、まるでどこぞのお嬢様のように接してくれるホテルの方々がすばらしい。つい、おほほ、などと口元に手を当てて笑ってしまう。

天候にも恵まれ、電気を消した部屋からの花火は美しく、堪能させてもらった。窓越しにドーンドーンという音も聞こえ、「たーまやー」である。ただ、なんかちがう。そう、窓越しの花火はどうにも歯がゆいのだ。まるで、水族館でガラス越しに魚たちを見ている気分というか、絶対に届かない隔絶されたもどかしさを感じるというか。

やはり花火はリアル空間がいい。火薬の匂いがしそうな、見上げると降り注いでくるようなあの迫力がいいのである。今年の夏も、またひとつ学んだ。人生、日々、経験である。


【筆者紹介】
岩貞 るみこ氏
神奈川県横浜市出身。自動車評論のほか、児童ノンフィクション作家として活動。国際交通安全学会会員。最新刊に『法律がわかる! 桃太郎こども裁判』(講談社)


2024910日号掲載)