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RCEPでどう変わる? アジア通商戦略

投稿日時
2021/02/24 09:37
更新日時
2024/08/19 13:20

関税メリットとサプライチェーンの柔軟性に期待

RCEPにより日本企業のアジア通商戦略がどう変わるのだろうか。そして、RCEPの中心にASEANが据えられた意義とは? 
JETRO時代から日系企業のビジネス円滑化を最前線で支え、実務・通商外交の両面での事情に精通している国士舘大学の助川成也教授にポイントを教えてもらった。


1969年生まれ、栃木県出身。九州大学大学院経済学府博士課程修了。92年から日本貿易振興機構(JETRO)に勤務。通算10年のタイ・バンコク駐在歴があり、ASEAN地域戦略主幹も務めた。17年にJETRO退職後、准教授を経て現職。共著に「ASEAN経済共同体と日本」(文眞堂)、「ASEAN経済共同体―東アジア統合の核となりうるか」(JETRO)。「サクッと解るビジネス教養 東南アジア」(新星出版社)も監修。

国士舘大学 政経学部 経済学科 教授 助川 成也 氏

■中韓輸出品目の約9割が無税に


―RCEPの交渉立上げが宣言されたのは201211月。それから8年を経た昨年11月、ようやく15カ国で妥結、署名を迎えました。実に交渉が長かったですね。

「私も当初はここまでかかるとは予想していませんでしたが、実にタフな交渉をやり遂げたと思いますよ。ASEANRCEPに参加する他14カ国すべてとFTAを締結しており、それが交渉のベースになったのですが、日中韓のようにこれまで相互にFTAを締結していなかった国家間では交渉をイチからやらなければならなかったのですから。さらにRCEPを離脱したインドにとって中国は貿易上の『仮想敵国』のような関係でしたし、日本も電子商取引などで高い規律水準を目指し、反発を受けるなど難航する分野が数多くありました」

アジア広域のFTA構想は以前からありましたね。

「さかのぼれば05~06年頃からASEANプラス3EAFTA)、プラス6CEPEA)の2つの広域FTAの交渉が検討されており、前者は中国・韓国主導、後者は日本主導でした。外交バランスを重視するASEANはどちらを優先すると明言せず、最終的に今回のRCEPの形で落としどころが決まった。やはり、アジアはどの国も面子(めんつ)を最も重んじます。対立を表立たせて議論せず、誰にも気まずい思いをさせないように会議を運ぶ『ASEANウェイ』が、交渉妥結の触媒として大きな役割を果たしたと思います」

日本にとっては中国、韓国との初めてのFTAです。

「無税品目の割合が一気に約90%まで高まり、日本からの輸出に使わない手はありません。輸出金額が大きい工業製品では電気自動車の重要部品(モータ、リチウムイオン蓄電池の電極・素材など)ほか自動車部品での関税引き下げメリットが大きい模様。逆に中国から日本への輸出は工業製品ではすでに関税が撤廃されている品目も多く、中韓全体で自由化率は53%から約80%に上がる程度です。RCEPにより得られるメリットは日本側のほうがはるかに大きいと言えるのではないでしょうか。関税障壁が下がることで企業は現地投資か輸出か、戦略の選択肢が大きく広がります。既存のFTAと比べても自由化率が相当程度改善されており、在中国・ASEANの日系企業にもメリットが大きいでしょう」

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原産地規則、ルール統一で運用しやすく

原産地規制など、物品貿易ルールの統一がRCEPの大きなメリットと言われています。少し詳しく教えてください。

FTAで無税化・減税などの関税メリットを得るにはまず、輸出元の国の原産品として認定される『原産地規制』をクリアしなければなりません。例えば日本からASEANにカラーテレビを輸出する場合を考えてみましょう。2008年に発効した日・ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定では、付加価値基準40%、つまり10万円のカラーテレビの場合は4万円分が日本の原材料・部品でなければ日本産品とみなされませんでした。しかし、RCEPの場合は付加価値基準40%に加えて関税番号変更基準(カラーテレビは4桁変更)でもOKとされるなど大幅に緩和されます」

「関税番号は品目別に国際条約で細かく定められています。関税番号変更基準とは、関税番号が変わる分だけ加工すれば『十分な加工がおこなわれた』と見なされ、その締約国の原産品として認定されるというものです。極端に言えば、関税番号さえ変われば原材料・部品は締約国以外のどの国から仕入れても、域内輸出で関税メリットが得られるわけです。付加価値基準を用いる品目の場合でも、RCEPの他の締約国の原産材料を自国の原産材料とみなして付加価値を足し上げられる『累積』ルールがあります」

原材料・部品のサプライチェーン構築の柔軟性が増しますね。

「アジア・オセアニアにサプライチェーン網を張り巡らせる日本企業にとって、そこはRCEPの大きなメリットです。例えば日本からエンジン部品を調達し、ASEANで組み立てて輸出する場合。これまでは輸出先別に原材料調達先を変えるなど部品仕様を変えて各FTA別に定められた原産地規制をクリアしなければ関税メリットが得られませんでした。しかしRCEPでは、同一品目であれば全ての締約国で同じ原産地規制を適用できますから、仕様変更の必要がなくなります」

運用のしやすさはRCEPの大きな魅力です。

ASEANがプラス1FTA構築の歴史の中で各国政府と交渉を積み重ね、より企業にとって使いやすいルールを模索してきた成果の現れでもあるでしょう。ASEANは海外企業であってもその声に耳を傾ける真摯な姿勢が、投資を呼び込み地域経済成長の礎となってきました」

■調達は分別管理や多元化の必要も

―RCEPをきっかけに原材料・部品の調達に変化が生まれそうです。

「自由度が高まったことで逆に、物量とコストで優位性のある中国からの調達が増え、締約各国の現地調達比率を下げる懸念もあります。ASEANにおいてもFTAの原産地規制の柔軟性を高めるほど現調率が下がった経緯があり、在ASEAN日系企業において、19年には中国調達がASEAN域内調達を上回りました。ただ、米中貿易摩擦、中国政府の圧力強化など、中国一国に過度に調達を依存する危険性は注視するべきで、日系企業も調達のさらなる多元化を検討し始めています。米国のバイデン政権がどう動くかにもよりますが、米中のハイテク摩擦が過熱するのであれば中国からの調達を下げざるを得ないことにもなる。場合によっては、米国と中国、輸出先別にサプライチェーンを分ける分別管理も必要になってくるかもしれません」

―RCEPでは電子商取引などデータの取り扱いルールも注目されています。

「電子商取引については(1)電子的送信の課税不賦課、(2)サーバ設置要求の禁止、(3)情報の電子的な手段による越境移転、(4)電子署名、(5)消費者保護等についてルールが規定されました。中国がFTAにおいて電子商取引分野の他国と合意したのはRCEPが初めて。一歩踏み出した点で高く評価できると思います。違反に罰則規定はないのですが、RCEPの場合は事務局・委員会で定期的な報告が行われ、違反行為に他の14カ国が目を光らせることができます。中国には罰則よりも集団でのピアプレッシャーをかけるほうが有効とみられ、問題発生時に軌道修正しやすくなるのではないかと考えています」