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経済安全保障とハイテク技術をめぐる覇権争いの行方

投稿日時
2022/03/10 14:50
更新日時
2024/08/19 13:19

東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 (か りゅう)氏

 1963年、中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所国際調査部研究員(98年まで)。98~2006年、富士通総研経済研究所主任研究員、06年より同主席研究員を経て、現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授を兼職。著書に『中国「強国復権」の条件』(慶應義塾大学出版会、2018年、第13回樫山純三賞)、「ネオ・チャイナリスク研究」(慶応義塾大学出版会、2021年)などがある。ミツトヨやキャノングローバル戦略研究所などのメンバーが参画する『グローバル・サプライチェーンと日本企業の国際戦略』プロジェクト研究会も主催する。

世界は2000年代に入って、まず、中国は世界貿易機関(WTO)に加盟した。それを受けて、経済学者も政治学者もこれからは中国の世紀になると指摘していた。確かに、2010年までの中国経済は飛躍的に発展した。2001年から10年までの年平均経済成長率は1057%に達した。とくに、2008年の北京五輪と2010年の上海万博と関連する高速鉄道などのインフラ整備によって中国経済は一気に中進国に仲間入りした。ちなみに、2010年中国のドル建ての名目GDPは日本を追い抜いて世界二番目になった。

2000年代が中国世紀になるかどうかについては、あらためて検証する必要があるが、中国が世界の工場であり、世界の市場でもあることは間違いない事実である。多国籍企業は中国の廉価で教育された豊富な労働力を利用するため、サプライチェーンを中国に集約させてきた。中国の自動車販売台数をみても、1年間、2500万台以上の車が売れている。

極論をすれば、世界経済は中国抜きでは回らなくなったといって過言ではない。この点について世界の人々が認識しているだけでなく、中国人自身も認識している。とくに、習近平政権(2013~)は、毛沢東は中国人を解放した、鄧小平は中国人を豊かにした、習主席は中国人を強くすると主張している。まさに強国復権の夢である。

ここで問われているのは中国の実力である。習政権は中国の製造業の技術力を強化するため、「中国製造2025」というプログラムを発表し推進していた。2018年、トランプ政権(当時)は対中貿易不均衡を理由に、中国に対して輸入関税を引き上げたと同時に、中国が米国企業の特許など知的財産権を侵害しているとして、中国ハイテク企業に対する制裁を実施した。

実は、この二つの問題は同じ原因によるものである。中国が既存の国際ルールに従っていれば、米国の制裁についてWTOに提訴すればいい。なぜ中国政府はWTOに提訴しないのだろうか。中国政府は逆にアメリカからの輸入に対して報復措置を実施している。これで米中貿易戦争は本格化してしまった。

むろん、中国政府として米国と本気に対立したいわけではないはずである。中国政府は米国政府との交渉で輸入を拡大することを約束した。しかし、米国政府の調べによると、2021年、中国の米国からの輸入は中国政府が約束した対米輸入額の57%しか達成していない。米中貿易摩擦はさらに激化する可能性がある。

■高度工作機械の国産化率6%?

しかし、問題は貿易だけに止まらない。米国政府は中国のハイテク企業に制裁の照準を合わせているのである。米国政府の制裁により中国のハイテク企業が海外で半導体チップなどの部品を調達できなくなった。

中国国内で半導体の開発と生産を自力更生で行おうとする動きが出ている。これは1950年代、毛沢東が推進した大躍進によく似た運動である。当時、毛は人民に鉄鋼生産量を英米に追いつき追い越せと呼び掛けた。その結果、学校の先生や学生、農家、労働者などはみんな家にある鉄製のものを持ち寄り、手作りの溶炉で溶解した。結局、何も役に立たない鉄くずがたくさんできただけだった。

では、中国企業の技術力はいったいどのレベルにあるのだろうか。

工作機械を例に挙げれば、中国のハイテクの工作機械の国産化率はわずか6%しかできないといわれている。最近、北京大学国際戦略研究院は「技術領域の米中戦略競争:分析と展望」という報告書を公表した。それによると、米中は技術面も産業面もディカップリング(分断)に直面しており、米中分断が進めば、米中双方とも大きなロスを被るが、中国が被るロスのほうが圧倒的に大きいと認めた。ちなみに、この報告書が公表された直後、中国国内のウェブサイトですでに削除され閲覧できなくなっている。

日本では、経済安全保障の戦略は産業界を中心に注目を集めている。日本企業にとって中国は工場であり、市場でもある。したがって、日中のディカップリング(分断)は考えにくい。しかし、日米関係を考えれば、米国の制裁を回避することを優先的に考えなければならない。結局のところ、日本のハイテク企業は中国企業とのビジネスについて慎重にならざるを得なくなる。

結論的にいえば、国際社会は気候変動に取り組むようにもっと協調しなければならないが、ハイテク技術をめぐりどうしても覇権を握りたい米国と、それに挑戦する中国は対立してしまう。半面、中国は独裁国家というハンディを背負って米国との覇権争いに挑んでいる。G7を中心とする世界主要国は中国よりもアメリカに協力するだろう。中国は民主主義という国際社会の普遍的な価値観を認めなければ、米国との覇権争いでより深刻なロスを被ることになるだろう。

(2022年3月10日号掲載)