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オピニオン

愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠

投稿日時
2025/02/21 15:20
更新日時
2025/02/21 15:24

重要度増す国際ビジネスでのリスク分散

あべ・ひろただ 20年間の日本貿易振興機構(JETRO)勤務を経て2011年から現職に。JETROでは北京、上海、青島に計10年間駐在し、日系企業の中国進出を支援したほか中国市場を調査。1968年生まれ。

120日、米国ではドナルド・トランプ大統領が就任し、2期目となる新政権がスタートした。「米国第一」を掲げ、就任初日からパリ協定からの離脱など25本以上の大統領令に署名した。2月に入ってからもカナダ、メキシコ、そして中国からの輸入品に追加関税を課す(加、墨両国への発動は1カ月延期)など、多方面に大きな波紋を広げている。

日本も中国との間に貿易上の懸案事項を抱えている。原発ALPS処理水の海洋放出を巡る対立に起因する、中国の一方的な貿易制限措置だ。中国は日本が放出を開始した2023824日から、日本産水産物の全面禁輸措置を実施している。

日本の農林水産物・食品の輸出は拡大基調にある。同輸出額が2021年に1兆円を突破したことから、政府は新たに25年までに2兆円、30年までに5兆円とする輸出目標を掲げ取り組んでいる。国・地域別では中国が21年から最大の輸出相手国で、22年には水産物輸出でも中国が香港を抜いて初めて首位になった(表1)。

こうした中、中国は日本産水産物の全面輸入禁止を決め、即日実行した。中国ではスーパーや日本料理店などで多くの日本産水産関連商品が取り扱われており、関係者は対象商品の切り替えなど対応に追われた。

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■ホタテ輸出にみるサプライチェーンの混乱

最も影響を受けた水産物のひとつがホタテ貝(生鮮・冷蔵・冷凍等)だ。ホタテ貝は中国向け農林水産物・食品輸出の看板商品で、この10年間では2020年を除き最大の輸出商品であった。その輸出の90%以上が冷凍殻付きのもので、中国の水産加工施設で殻剥きや加水などの処理を施したうえで、約4割を一大消費市場である米国に輸出していたという。

しかし、239月以降、中国向け輸出が完全にストップしたため(表2)、ホタテ関連企業はホタテ貝の加工・販売を代行できる外国企業を探し出す必要に迫られた。

ここでジェトロが動いた。241月にベトナム、3月にはメキシコにホタテ加工施設等視察・商談ミッションを派遣し、日本企業と現地企業のマッチングを支援した(詳細はジェトロの国際ビジネス情報番組「世界は今――JETRO Global Eye」を参照)。視察の結果、「加工の方法や作業効率には課題が残るが、熟練人材を持つ水産加工企業が多い」との重要な気づきがあったようだ。

2024年のホタテ貝の輸出数量は中国が実績ゼロとなったが、東南アジアや韓国向けが急増したことで、前年比20.2%減にとどまった。特にベトナムは前年比20.7倍の2.8万㌧を記録した。22年の中国向け輸出数量には大きく及ばないものの、その約30%を担った格好だ。

日本のホタテ関連企業は中国の禁輸措置よって、対中販路を突然絶たれ、路頭に迷うほどの辛酸をなめた。しかし、こうして新たな輸出先をなんとか見つけ、販売ルートの選択肢を広げられたのは、企業にとっては海外ビジネス展開の足腰を強めることになった。

今後、処理水問題が解決し、中国が日本産水産物の輸入を再開させた場合、どうなるだろうか。企業にとって、複数国でのオペレーションはコスト的には割高になる。しかし、今回の取り組みで、ビジネスリスクを分散しながら安定供給することは、長期的には利益にかなうと実感したはずだ。

今年で発足30年を迎えたWTO(世界貿易機関)は164カ国・地域の加盟国からなる主要国際機関だが、ルール制定、紛争処理制度などで機能不全を起こしている。これからの国際ビジネスでは、カントリーリスクの発生を前提に、複数の選択肢を用意することがより求められるだろう。

(日本物流新聞2025225日号掲載)