オピニオン
南山大学 経営学部経営学科 上野 正樹 准教授
- 投稿日時
- 2025/02/21 17:20
- 更新日時
- 2025/02/21 17:21
インドはモータリゼーションの夜明けに
インドブームが再来した。日本貿易振興機構が昨年11月に発表した「海外進出日系企業実態調査」でも、今後1、2年のインドでの事業展開を「拡大」とした日系企業の割合は309社中80・3%にのぼる。人々の購買力は向上しており、インドの製造業を研究する南山大学の上野正樹准教授は「ここ2、3年でインドは本格的なモータリゼーションに突入する」と見通す。日系企業はこの有望市場に食い込み、生産拠点を設けて根を張ることができるのか。今後の見通しを聞いた。

うえの・まさき
神戸大学経済経営研究所専任講師を経て南山大学経営学部准教授。博士(経営学)。2021年4月から22年9月、ジャワハルラール・ネルー大学東アジア研究センター客員研究員。客員研究員としてインドに入国して3日目にロックダウンに遭遇、自身も新型肺炎に罹り約1カ月入院した経験も。元々デジタル家電を研究対象としていたが日系企業が撤退。伸び行く市場として新興国ビジネスに着目し、現在はインド、特に製造業を専門に研究する。
日系企業は腰を据え適応を
――インド市場の成長性が注目されています。
「2010年前後にインド市場が注目を浴びたころ、パナソニックなど日系各社がボリュームゾーンの低価格市場を取るべく様々な製品を投下しました。日本から見たインドは今も巨大なローエンド市場ですが、都市部では受容する価格と品質が上がっています。全長4㍍以上の車は税率が40%を超える贅沢品で、インドの自動車販売台数の上位10車種には長らく現代自動車のクレタのみランクインしていました。今は3車種ランクインし、トップ10圏外でも4㍍以上の車が続々ヒットしています。デリーのユニクロ店舗でも富裕層や中間上位層が旺盛に買い物をする光景が見られます」
――インドの今の所得分布は。
「富裕層から低所得者層まで各層の数をグラフ化すると、中間層が最も多いダイヤモンド型(グラフ参照)。このうち都市部の中間上位層が購買力を高めて車を購入し始めており、インド全土の乗用車普及率は8%ですがデリーでは約20%です。IMFの予測ではあと数年で1人あたり名目GDPが3千㌦に達しますが、一般的にこの3千㌦で中間層が4輪車を購入し始めモータリゼーションに突入する。すでに夜は明けておりここ2、3年の話です。人々は豊かになりたがっています。マルチスズキの小さな車から『卒業』し大きな車を買う層も増えるでしょう。今は約520万台ですが、ここ5年ほどで4輪の年間国内販売台数は1千万台を超え巨大市場になると思います。波及する形で工作機械や半導体を含む電子産業も発展が見込めます」
――有望の一言ですか。
「大局で見ればインド経済の発展は約束された未来。ただインドの成長には波があり、過去にも幾度か注目され14年ごろは半導体のハブになると期待されましたが、我々研究者はその都度がっかりしてきました。今ブームが再来しつつありますが、中国のように一本調子で発展し右肩上がりで工業化するイメージだと期待が外れる可能性も。常に空振りがある国です。土地も中国のようには収用できず、行政区ごとに労働法があり制度が複雑。ただ17年に統一間接税が導入されるなど確実に前進しており、先に述べたモータリゼーションも始まる。ゆっくり長い目で見るべきです。必ずインドは応えてくれる。以前はインドビジネスが軌道に乗るまで15年かかると言われましたが、これからは10年以内に圧縮できると思います」
■輸出向け生産から始める
――やはりインド市場は期待が大きいと。生産移管先としての目線では。
「関連部材産業の厚みがまだないので現地調達は腰を据える覚悟が必要。日系企業は輸出向けの生産から始めるのも手です。するとインド国内の熾烈な価格競争に巻き込まれないので、じっくりインドに適応しながらローコスト生産のノウハウを蓄積できる。経験もないのにローエンドの激安品に挑戦して評判を下げるのが最悪ですが、日系企業の大半はその道を選んでこなかったのでそれが武器になる可能性があります」
「インドの人は広告をあまり信用しません。派手な広告で買った家電が壊れて困った経験を持つからです。耐久性や信頼性が重要で、明確に競合と耐久性が違うことを示せば口コミで広がります。日系企業の評判も決して悪くありません。信頼できる製品は競合より2割高値でも売れます。消費財も生産財もまずはプレミアムゾーンを狙い、インドの人々の知恵を借りカイゼンを繰り返しながらローコスト生産の知見を積んで適応していくのが良いと思います。このスローペースなやり方はインドの経済成長と歩調が合います」
――長期的にインドは世界の工場の地位を得ると思いますか。
「ええ。なぜならインド自身が製造ハブになることを切実に必要としています。大量の若年失業者が低賃金のサービス業に従事している現状が、常に政権に突き付けられています。政府は何としても工業化を果たしたい。ただ色々な既得権益もあり簡単には進まないので、中国のようなスピード感は難しい。今後10年くらいでその地位を得るのではないでしょうか。時間がかかる理由はもう一つあり、駐在者の暮らしの安全と魅力です。どうしても現状はASEAN諸国と比べ見劣りしてしまう。そのソフトなインフラが意外と工業化の鍵だと思います」
(日本物流新聞2025年2月25日号掲載)