オピニオン
帝京大学 経済学部 経済学研究科 苅込 俊二 教授
- 投稿日時
- 2025/02/21 10:33
- 更新日時
- 2025/02/21 10:35
デカップリングでSCは俊敏さ重視へ
生産移管先、本命はベトナムか
第二次トランプ政権は発足して早々に関税の矢を放った。メキシコや中国がその槍玉に上がり、サプライチェーンの再編機運もおのずと高まらざるを得ない。「では、どこへ生産移管(あるいは工場新設)すべきか?」が多くの日系製造企業の関心事だろう。金融系シンクタンク出身で東南アジア経済に詳しい帝京大学の苅込俊二教授のインタビューからヒントを探る。

かりこみ・しゅんじ
早稲田大学商学研究科修了後に富士総合研究所入社。アジア経済研究所、財務省財務総合政策研究所、みずほ総合研究所などを経て帝京大学経済学部教授(現職)に。東南アジアの経済動向をマクロな視点で分析。特にベトナム経済に精通する。
――トランプ2.0が始まりました。
「今後のキーワードはデカップリング。すでに米中間では市場もサプライチェーンも分断が始まっています。中国と米国それぞれが作り出すサプライチェーンの輪に、相互の繋がりがさらに薄くなっていくのが今後の流れです。この動きはトランプ1・0からの既定路線ですがバイデン氏も修正しなかった。トランプ氏の再登板でよりハッキリするでしょう。その中で日系製造企業はどう振舞うかです」
――中国に生産拠点を置く日系企業は少なくありません。
「10年前のように日本が中国に主要部品を送り、組み立てて米国に完成品を輸出するようなダイナミックなサプライチェーンは今後主流にならないでしょう。半導体など『デカップリングの渦中にある製品』はシンガポールやマレーシアへ生産移管が進んでいます。また中国企業が米国輸出のために東南アジアへ生産拠点を移す、あるいは中国に生産拠点を持つ海外企業が東南アジアに生産を移管する動きが活発化しています。この動きは主として対米輸出にかかる高関税回避のためですが、人件費の上昇で労働集約型の生産が中国で難しくなったという背景も忘れてはなりません。日系企業も同じ動きを取ると思いますが、東南アジアも人件費は上がっている。円安なのでそれなりの労働コストをかけてもペイできる製品は生産を国内回帰させるのも手です」
――これまでは中国が世界の工場と呼ばれていました。とはいえインドやASEAN諸国がすぐさまこの立ち位置に取って代わるかと言えば、難しい気がします。サプライチェーンは今後、一強が不在で分散が進むのでしょうか。
「おそらく、カタマリがいくつもできるようなイメージになるかと。第二次世界大戦のブロック経済はすべて植民地で完結していましたが、それよりマイルドで効率的、ただ重要な部分では情報が漏れないようシャットアウトする動きが強まると考えます。それを端的に言えばデカップリングですが…」
「リーマンショック前まではグローバル化が加速していました。世界の果てだろうと自国から見て最もコスト効率の良い場所にサプライチェーンを構築すればよく、その観点で最も有利な中国が世界の工場になったわけです。ただトランプ1・0以降は関税が四方に課され、コストだけの観点のサプライチェーン構築が意味を為さなくなります。すると肝になるのが『分断されない』ことで、強靭性と俊敏性がキーワード。消費地の近くから遅滞なく物を提供するということで、強靭性や俊敏性が重要になります。近くて裏切られない、信頼がおける国への生産移管が進むと見ています」
■ベトナムは今回も無傷?
――ASEANで日系製造業の生産移管先として有望な国は。
「輸出拠点として考えるか、域内の市場を狙うかによって話が変わります。輸出拠点としてはベトナムが最有力です。労働コストでメリットがあり、日本とも友好関係がある。日系以外の海外企業の集積が始まっており、生産しやすい環境が整っている。労働集約型の製造から一歩進んだ工場機能をベトナムに移管する動きが活発化しています。ただリスクもあって、米国から見てベトナムは貿易赤字国なので、前回は(関税から)逃げ切りましたが今回も無傷でいられる保証はない。もし高い関税を課されることがあれば結局は米国シフトを進めざるを得ない可能性もあります」
――生産移管で域内の市場も狙うとすればどうでしょうか。
「フィリピンとインドネシアが有望です。国内産業が育っており自立的な経済が回り始めている。特にインドネシアは2・7億の人口をもち、今の5%のGDP成長率が続けばかなり有望です。フィリピンも1億超の人口を抱えサービス業が育っています。今まで国内に目立つ産業がなく海外に出稼ぎに行く必要がありましたが、国内に基盤ができればさらなる発展が期待できます。また次なる中国にインドを推す声も多い。あの人口で年間GDP成長率が5%なら1年でかなり経済規模が大きくなります。中国に根を張る企業は中国拠点を温存し、ASEANもしくはインドにもう1拠点という話にもなるでしょう。ただ製造業の国ではないので今すぐ『世界の工場』はイメージしづらいですが。反面タイはやや悲観的に見ています。GDPで年間3%程度の成長に留まっており、今後の成長エンジンが見えづらい中で少子高齢化が中長期的な制約要因となります」
(日本物流新聞2025年2月25日号掲載)