オピニオン
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏
- 投稿日時
- 2023/12/11 11:27
- 更新日時
- 2024/08/19 13:20
高まる東アジアの地政学リスクと台湾総統選の行方
2022年2月、ロシアによるウクライナ侵略以来、国際情勢はますます不安定化している。イスラエルとハマスの戦闘によって中東情勢も混沌としている。そのなかで、台湾海峡有事が懸念されている。
国際情勢が不安定化する背景には、世界の警察官としてのアメリカの国力が相対的に低下していることがある。トランプ政権が誕生してからアメリカ政府自らが設立を提唱したTPPから撤退してしまった。それにトランプ大統領は繰り返してNATOを軽視する言動をみせていた。
バイデン政権になってから、アジアや中東への関与を強めているが、世界の至るところで問題が起きているため、もはやアメリカ一国で世界をパトロールすることができなくなった。重要なのはG7との連携を強化して、世界の平和と繁栄を図ることであるが、その努力は明らかに不十分である。
こうしたなかで、2024年1月、台湾総統選挙が予定されている。かねてから習近平国家主席は台湾を統一するために武力行使を辞さないと明言している。台湾の総統選挙が無事に行われるかどうかは東アジアの安定を実現できるかどうかの試金石になっている。
23年11月、サンフランシスコで開かれたAPECに習主席は出席し、バイデン大統領と1年ぶりに会談した。米中首脳会談のなかでもっとも注目された発言は習主席は2027年と35年、台湾に侵攻する計画を持っていないことを明言した。リスク管理のことを考えれば、台湾有事に備えなければならないが、習主席の態度表明はまったくの嘘とは思えない。中国経済が急減速するなかで、台湾に侵攻することができない。
■メリット得る日本
台湾海峡の安定維持によりもっともメリットを享受する国の一つは日本である。台湾海峡が有事になれば、台湾海峡を通る国際海路を通れなくなる恐れがある。日本が中東などから輸入する原油や天然ガスは入港が遅れれば、日本人の生活への打撃は想像を絶するほど大きいものとなる。
半面、台湾有事の地政学リスクに備えるために、日本に予想外の利益をもたらされている。台湾の半導体メーカーは相次いで日本に進出し、工場を建設している。それだけでなく、アメリカのIBMは半導体生産を韓国や台湾の企業に委託せず、日本企業に委託している。日本は台湾と韓国に比べ、攻撃されるリスクが相対的に低いと思われているだろう。
問題は台湾総統選挙の行方である。台湾の総統選挙はいつものことだが、親中と反中で民意が分断されることである。むろん、親中派の有権者は社会主義中国といっしょになってもいいと思っているわけではない。中国と親しくなれば、攻撃されなくて済むと思われている。それに対して、反中派の人々は中国に統一されるのを警戒して、台湾の主体性とアイデンティティを全面的に主張している。
4年前の総統選を振り返れば、もともと蔡英文総統の支持率が低かった。投票直前に習主席は台湾独立に反対し、統一するために武力行使を辞さないとの強硬発言をした結果、北京に絶対に屈さない蔡英文総統の支持率は逆に急上昇して再選を果たした。今度の総統選に向けて北京は4年前と違って、露骨に介入していないが、親中派の野党は候補を一本化しようと模索している。しかし、4年前と違って、台湾の民意は中国大陸を警戒する傾向が強い。その結果、野党の統一候補工作はうまく行かず、与党民進党は有利に戦っている。むろん、与党民進党は勝利を収めても、独立を宣言することはなかろう。重要なのは台湾海峡の安定維持である。
(2021年8月に始まった柯隆氏の寄稿は今回の10回目で最終回です)
東京財団政策研究所 主席研究員 柯 隆 氏
1963年、中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年、同大卒業。94年、名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)。長銀総合研究所国際調査部研究員(98年まで)。98~2006年、富士通総研経済研究所主任研究員、06年より同主席研究員を経て、現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授を兼職。著書に『中国「強国復権」の条件』(慶應義塾大学出版会、2018年、第13回樫山純三賞)、「ネオ・チャイナリスク研究」(慶応義塾大学出版会、2021年)などがある。ミツトヨやキヤノングローバル戦略研究所などのメンバーが参画する『グローバル・サプライチェーンと日本企業の国際戦略』プロジェクト研究会も主催する。