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オピニオン

京都先端科学大学特任教授 鶴田 靖人 氏/京都先端科学大学特任教授 堂前 伸一 氏

投稿日時
2023/07/06 09:00
更新日時
2024/08/19 13:18

「燃費」ならぬ「電費のいいEV」 ジャパン勢 勝利の鍵

話題のチャットGPTを展開するOpenAI社は、かつてイーロン・マスクの支配下にあったことを読者はご存じだろうか? マスクは、子どもの頃から環境破壊で地球が限界に至ることを危惧し、枯渇する化石燃料に頼らない新しい世界観を打ち出した。テスラモーターズに始まるマスクの攻勢は、火星に人類を住まわせようと試みる宇宙開発のスペースX社や、マスメディアの新しいモデルを目指してのツイッター社の買収にも及んだ。確かにマスクは、スーパーチャージャーの普及、オートパイロットの実用化、車のエンタメ空間化等、斬新なコンセプトによって消費者に電気自動車(EV)のユーザー価値を体感させることに成功したかのようにも思えるが、はたしてそうなのか。

鶴田 靖人/つるた やすと【写真左】
京都先端科学大学特任教授、社会連携支援室室長、経営学修士(ニューヨーク大学/New York University Stern School of Business)。野村證券でFixed Income とEquityのデリバティブ商品開発とトレーディングを担当後、スイス系投資銀行の経営幹部として株式上場やユーロ円転換社債発行の主幹事。

堂前 伸一/どうまえ しんいち【写真右】
京都先端科学大学特任教授、工学修士(京都大学大学院)。パナソニックで半導体開発に従事し、1991年にスタンフォード大学集積システムセンター、2010年にはベルギーの半導体研究機関imec(アイメック)で研究員としてオープンイノベーションに参画。現在は京都先端科学大学で、EV のエネルギー変換効率を研究。

マスクの壮大な世界観を前にして、我が国の自動車産業はEV後進国日本と一蓮托生で沈むだけなのか?ここで、一つの本質的な課題提起がある。EVは、走行中二酸化炭素を排出しないため環境に優しいといわれているが、その心臓部であるリチウム電池の生産過程において大量の二酸化炭素を排出する。生産から走行までの累積二酸化炭素排出量を計算すると、化石燃料車の二酸化炭素排出量を下回るには、7万キロ以上の距離が必要であるとの報告がある(図参照)。一方でスタイリッシュなテスラの富裕層ユーザーが、果たして7万キロ以上乗り続けるだろうか。SDGSの観点から、生産過程における二酸化炭素の排出量の説明に無理が生じないのであろうか。この点でPHVの方がEVよりも排出量が少ないとの反論もある。

テクノロジーの結晶である内燃エンジンに対して、構造と生産が極めて簡単なEVを全面に押し出す中国。CASEConnected Autonomous Shared Electric)の社会実装が具現化しつつある米国カリフォルニア州。日本でも同様の産業構造の再構築や社会インフラの整備が実現しつつあるのだろうか。EVについては多面的な課題があると考える。

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■現EV車7万キロ以上乗らないとエコじゃない

京都先端科学大学はEVに関して、燃費に対する電費をテーマに研究を行っている。EVにおいて、化石燃料車の燃費にかわる言葉が電費である。EV関連人材の育成にも注力しているが,本稿では電費にフォーカスする。電費改善は間接的だがカーボンニュートラルにも貢献する。まず電費改善目的で、炭化ケイ素(SiC)をパワー半導体の基軸としている。エネルギーロスを抑えるためにはパワーのONOFFのスイッチングを高速化する必要がある。現状のインバータ回路はスイッチング速度の遅いシリコン(Si)半導体向けに設計されているため、高速度に対応できるSiC半導体をそのまま搭載すると高調波ノイズが発生し、モーターの寿命を短くしてしまう。そこで例えば、F1マシンをイメージして高速スイッチングを実現するSiC半導体のポテンシャルを活かせるインバータサーキット(回路)を開発している。従来のインバータ出力がパルス波であるのに対して、開発中インバータの出力は正弦波である点が革新的である。並行してパワー密度の高い小型・軽量・高効率モーターを開発中であり、革新的インバータとともに軽自動車サイズのEVに実装して、効果を実証する屋外試験を予定している。

また、電費計算のために、EVのエネルギー変換効率の計測法を開発している。従来のシャシダイナモメーターでは計測できなかった実走行中の出力計測を可能にする、衛星測位システムを用いている。リアルタイムに車両の速度・加速度・道路傾斜角をキャッチして、転がり抵抗・空気抵抗・登坂抵抗・加速抵抗を算出するシステム開発に成功した。

EVシフトは、日本においては少なくともまだ現実とは言えないだろう。しかし、世界的な交通システムの見直しが、CASEのコンセプトに基づいて展開するのは本流と言えよう。

日本でも、トヨタのウーブン・シティー構想にも期待したい。燃費がいい車がこれまで日本車の売りの一つであったように、「テスラや中国車より電費のいいEV」が実現すればオールジャパン勢の勝ち筋も見えてくるのではないかと考える。

■テストコースベンチャーにも開放

最後になるが、産学公連携としては本年度4月に、本学は亀岡市と亀岡商工会議所との三者で、オープンイノベーションセンター・亀岡(OICK/Open Innovation Center Kameoka)を京都亀岡キャンパス内に立ち上げた。OICKは自動車特定整備事業の認証を取得しているので、NCマシンでギアや筐体の加工ができる。ここでは、従来の内燃エンジン自動車にかかわる産業や行政サービスに携わる全国500万人就業者のEVリテラシーを向上させる狙いがある。例えば大手損保会社のアジャスター向け教育プログラムや自動者整備士に対するEV講座なども展開している。

さらに約3900平方㍍の屋外テストコースを利用して、認定されたガレージで整備・改造した自動車の走行試験を行うことができる。自動運転やEVのベンチャー企業の研究開発にも利用いただける。当地からユニコーン企業が生まれることを期待する。

〔2023年6月25日号掲載)