オピニオン
愛知大学 国際ビジネスセンター所長 現代中国学部 准教授 阿部 宏忠
- 投稿日時
- 2023/05/17 09:37
- 更新日時
- 2024/08/19 13:19
中国の内需拡大は所得の向上がカギ
中国政府は3月に開催した全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、2023年の経済成長目標を5%と定めた。コロナ禍などの影響で3・0%成長にとどまった昨年実績より高い目標だ。国際通貨基金(IMF)は「2023年の世界の経済成長率予測は2.8%で、中国の寄与率は34.9%に達する」と、中国の世界経済への貢献に期待を寄せている。
中国はどのような施策で経済を回復させようとしているのか。全人代ではその重点分野として8つの施策を掲げた。そのトップに挙げられたのが「内需拡大」だ。消費の回復・拡大を何よりも優先させるとしている。そのために、耐久財消費を安定させ、個人向けサービス消費の回復を促すほか、さまざまな方法で国民の所得を増やすとの方針を示した。
その吉兆は早くも足元の経済に現れた。中国国家統計局によると、今年第1四半期の実質GDP成長率は前年同期比4.5%となった。経済成長への貢献率でみると、最終消費支出が66・6%と、2022年通年の32・8%から大幅に復調し、成長の牽引役を果たした。
5連休となった“五一”(労働節)休暇でも、中国国内旅行者のべ人数は2億7400万人、国内旅行収入が1481億元と、ともにコロナ前(2019年)の実績を上回ったという。商品消費も旺盛で、石油製品、自動車、通信機器は約2割増に、服装、化粧品、家電機器も18~13%の増加となった。
■今年は各地で最低賃金引き上げラッシュ?
中国が引き続き消費を拡大させ、内需主導による経済成長を確実なものとするには、上述の施策でも指摘されているように、国民の所得向上がカギとなる。最低賃金の引き上げはその有力な手段のひとつといえよう。
中国の最低賃金保障制度は2004年の「最低賃金規定」施行により、全面的に実施されるようになった。最低賃金は省など一級行政区ごとで決定し、省各地の実情により最大4区分で示される。
例えば、上海市(全市で1区分)では最低賃制度が1993年に導入され、当時の金額は月額290元だった。その後、ほぼ毎年調整され、2021年の改定では月額2590元と全国トップの金額となっている(グラフ参照)。20年前と比べると5倍超に上昇した。なお、上海市、北京市などでは、最低賃金に社会保険料や住宅積立金の個人負担部分が含まれておらず、雇用者が別途負担しなければならない。
最低賃金の改定は基本的に「2年ごとに少なくとも1回」(同規定第10条)調整することになっている。中国の31の一級行政区のうち、25行政区は今年が改定年に当たっており、すでに河北、陝西など6行政区は最低賃金の引き上げを実施した。今後、日系企業が多く進出している上海、北京、広東、江蘇、遼寧などで改定の動きが相次ぐ可能性が高い。
最低賃金の引き上げが経済に与える影響には正負両面がある。低所得従業員にとっては直接的な給与引き上げとなるほか、失業保険金や病休手当などの算出にも影響し、待遇の改善につながる。マクロ的には、所得階層の底上げや都市化の推進によって、内需拡大が期待できる。また、習近平政権の目指す「共同富裕」社会の実現にも符合するだろう。
しかし、企業や雇用者からすれば、最低賃金の引き上げは労働コストの上昇にほかならない。このコスト上昇分を相殺しようと、従業員のリストラや資材調達の見直しなどに着手する企業も出てくるだろう。その結果、都市部失業者は増加し、社会の不安定化につながる恐れがある。
中国政府はこうした正負両面の影響を見極めつつ、最低賃金の調整を進めることになる。その対応度合いから、内需拡大への政府の覚悟が推し測れるかもしれない。
(2023年5月15日号掲載)