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日本貿易振興機構(JETRO) Ho Chi Minh Office Chief Representative 松本 暢之 氏(ホーチミン日本商工会議所 副会頭)
- 投稿日時
- 2025/02/21 10:14
- 更新日時
- 2025/02/21 10:20
「総合力のベトナム」の人気は続く
許認可の遅れは25年内に改善か
日系企業の生産移管先の最右翼とも見られるベトナム。日本貿易振興機構(以下ジェトロ)が昨年11月に出した「海外進出日系企業実態調査」でも、今後1、2年で事業の「拡大」意向を示した日系企業数はアジア・オセアニアで最多だった。足元では政治的混乱で投資の許認可が遅れ日系企業も足踏みしているが、ジェトロホーチミン事務所の松本暢之所長は「25年後半には状況が改善」との見方を示す。日系企業の投資先としての今後を詳しく聞いた。

1967年神奈川県生まれの松本暢之所長。通商産業省(現・経済産業省、1995-2007年)、在ブルガリア日本大使館(2007-10年)、JETROジャカルタ事務所(15-18年)勤務を経て22年7月から現職。海外勤務の魅力を聞くと、「他国の人との交渉などを通じて異文化に触れるのってすごく楽しいですよ。子どもが小さい頃は毎日泣くし家族は大変な思いをしましたが(笑)」。
――地政学的リスクの高まりもあり日系企業のベトナムでの事業展開意欲が高まっています。
「ジェトロが毎年行うアジア・オセアニアに進出する日系企業への調査でも、今後1、2年で事業を『拡大』とした企業数はベトナムが1位でした。チャイナ・プラスワンの流れで、日系企業のベトナムに対する期待感は非常に高い。ただ不思議とそれが具体的な投資として表れていないんです」
「先の調査でも過去5年間では、中国あるいは日本からの生産移管先でベトナムが最多でした。しかし2024年だけを見るとベトナムに対する日本の投資額はザックリ半減。23年はベトナムへの投資額で日本はシンガポールに次ぐ2位でしたが、24年は5位に。最大の要因はベトナム国内がやや政治的に混乱していることだと思います」
――政治的安定性が魅力の1つでしたが。
「ベトナムは共産党が5年に一度、党大会を開いて人事を決めます。次は26年の1、2月頃と目され1年前からそれに向けた権力闘争が激化するのが通例。しかし今回はそれと汚職撲滅運動が重なり多くの人が更迭されました。国家主席すら2代続けて辞任を余儀なくされたのは前代未聞です。様々な行政機関で同様の動きが出ており中には刑事罰を受ける人も。現場の行政官が怖がってしまい、許認可にサインをしたがりません」
「もう一つの要因として公務員の質の低下もあります。ベトナムは公務員の給与が極端に低く、反対に民間は経済成長で魅力的なポストが生まれています。優秀な人材が民間に流れ、そもそも処理に時間を要する状況です。法令も頻繁に変わるので現場の行政官も最新の法令がわからず、担当者により言うことが違う。こうした要因から行政手続きが遅れ、投資許可が下りても工場の建設許可が下りない。塩漬けにされるならと日系企業も様子見なのでしょう」
――26年の党大会まで状況は変わらない?
「トー・ラム書記長は浪費対策に力を入れています。汚職撲滅は当然ながら、行政手続きに時間がかかることで本来得るべき利益をベトナムが得ていない問題意識を強く持っていて、省庁再編や公務員給与の改定など行政改革に着手しています。短期的には省庁再編はさらなる混乱を招く恐れがありますが、今年の後半頃から様々な物事が進み始め、26年を待たずして日系企業も投資を進められるのではないでしょうか。世界76カ所のジェトロオフィスの中で、ホーチミンオフィスへの昨年の日系企業の相談件数は世界2位でした。ハノイのオフィスも4位でベトナムは高い関心をキープしています。ただ日系企業が情報収集に留まる中、中国企業はすでに大挙して押し寄せておりスタンスの違いが明確に出ています」
■ベトナムに指令機能
――許認可に難あり、との話がありました。それを差し置いても日系企業が投資先として魅力を感じる要因は。
「バランスが最大のポイントかと。1億の人口を抱える若い国です。人件費も高騰しているとはいえ比較的安く、日本語を話せるエンジニアなど優秀な人材も多い。繊維やワイヤーハーネスなど製造コストに占める人件費の割合が高い産業にとって、今のベトナムは人件費が上がり『きつい』状況です。しかしカンボジアやラオスに移転する例はほぼなく地方に移るなどでベトナムに留まっています。インフラや生活環境、治安、医療など総合点で抜きん出ているからでしょう。ヘッドクォーターをベトナムに置きASEANを統括する企業も出ています」
――軸足を残したい理由があるわけですね。
「成長性を最大の魅力と捉える企業も多いです。金融や通信、教育などサービス産業が非常に活発で所得が右肩上がりで向上しています。旧正月の手土産に日本産の1個600円する梨を競うように購入する姿も目にしました。イオンもベトナムの店舗数を拡大しています。生産拠点としても市場としても魅力的です」
――一方ベトナムは現地調達が難しく、部素材を輸入に頼らざるを得ないとの声も聞きます。現地調達先の厚みは実のところどうですか。
「一般的な産業用途の部材はほぼ手に入ります。ただ微妙な成分調整で性能を付加した樹脂など日系企業の使う部素材は特殊な物が多い。ひと手間加わると途端に調達できなくなったりするので、時間をかけ技術を蓄積する必要があります。一方で課題だった精密加工はかなりの分野で可能に。中国企業の進出が相次ぐ中で彼らが連れてきた企業、また彼らとの取引で技術を伸ばすローカル企業もあり、裾野産業の厚みは着実に増しています。特に電気電子分野は今後かなり期待が持てる。24年は円安で日系企業の現地調達率は下がったものの、為替の条件が整えばローカル企業からの調達率を上げられる地力はついています」
――総じて、ベトナムへの日系企業の生産移管は進むと思いますか。
「地政学的な話も絡むので難しいですが、いくら円安とはいえ日本でのものづくりは限界があり海外へ出なければならない。その中で儒教の影響が強いベトナムは家族を大切にし目上を敬うなど、日本人の考え方に近い。非常にビジネスがしやすい居心地の良い国です。今後は中小企業が海外進出の主役ですが、ベトナムは初めて海外進出する企業にとってもやりやすい。『総合力のベトナム』の人気は続くと思います」
(日本物流新聞2025年2月25日号掲載)