オピニオン
公正取引委員会 課長 柴山 豊樹 氏
1月から「取適法」施行、中小企業の意識改革必須
- 投稿日時
- 2026/01/22 14:57
- 更新日時
- 2026/01/23 15:28
――下請法が取適法へと見直されました。改正の背景を教えてください。
「長く続いたデフレ経済の下で、様々な負担を立場の弱い取引先や労働者に求めるコストカット型の商習慣が定着してきました。しかしこの数年、世界経済の急回復や情勢の変化などによって国内物価も急騰しており、デフレ経済脱却への道筋を捉えつつあります。政府としても物価上昇に負けない賃上げの実現が最重要課題の一つとなっており、『賃上げと成長の好循環』を実現していくためにも、企業の皆さんには賃上げの原資をしっかりと稼いでいただくことが重要だと認識しています。中でも中小企業が稼ぐためには、商慣習を価格据え置き型から適切に価格転嫁を進めていく体制へ変革していく必要があり、取引の適正化の一環として下請法を取適法へと改正しました」

事務総局 経済取引局取引部 企業取引課 課長 柴山 豊樹 氏
――具体的には何が変わったのでしょうか。
「改正のポイントは主に『法律の名称・用語の変更』『適用対象の拡大』『禁止行為の追加』『面的執行の強化』の4点です。まず、法律の名称・用語の変更ですが、法律の名称だけでなく『親事業者』『下請事業者』といった上下関係を想起させる用語を『委託事業者』『中小受託事業者』などに改めました。根深い商習慣を脱却するには意識から変えていく必要があると考えています。そのため、法律の条文だけでなく、運用基準、当庁の部署や役職名も1月から全て改めています」
――適用対象の拡大についても教えてください。
「まず、適用基準の見直しですが、従来の資本金額に加えて従業員基準を追加しました。例えば、物品の製造委託などでは適用基準を、委託事業者が常時使用する従業員数300人超、中小受託事業者が同300人以下としました。旧来の基準では事業規模は大きくても資本金額が小さいため規制対象から外れてしまう企業があったので、より適切に法律の網がかかるように見直しました」
「もう一つは、適用対象となる取引への『特定運送委託』の追加です。従来は『製造委託』『修理委託』『情報成果物作成委託』『役務提供委託』の4つが対象取引で、運送業務では運送事業者から運送事業者に再委託する場合のみが下請法の対象でした。発荷主が委託する一次請けの運送事業者は保護対象ではなかったため、サプライチェーンの浅い層で価格転嫁の目詰まりが起きていたと認識しています。サプライチェーンの深い階層に従事している企業まで価格転嫁の恩恵がいきわたるよう適用範囲を拡大しました」
――価格の決め方や支払い方法にも変更点がありますね。
「はい。『協議に応じない一方的な代金決定の禁止』と『手形払等の禁止』を禁止行為として追加しました。まず、手形払等の禁止に関していうと、発注した物品などを受領してから60日以内の支払い義務化に加えて、満額現金相当で支払うことを規定しました。従来は支払い期日に手形で支払うことも可能で、受託事業者のもとに現金が入るまで最長120日かかっていました。中小企業では資金繰りが厳しい企業も多いと思います。加えて、これからは金利が上昇していく局面にあり、金利負担も企業経営の重しとなります。そのため、既に中小企業の方々からは『大幅な負担軽減になる』といった好反応をいただいています」
「また、法律改正事項ではありませんが、運用基準において、代金の振込手数料を中小受託事業者に負担させることが禁止されました。取引数の大きな受託事業者ではかなりの負担軽減になる企業も出てくると思います。受託事業者側にもしっかりと知っておいていただきたい事項です」
――「協議に応じない一方的な代金決定の禁止」についても教えてください。
「前述の通り、デフレ経済下では価格据え置き型の商習慣が定着しました。そのため、必要な説明や情報提供なしで、『従来通りの金額で』と一方的に価格が決められてしまうことが多々あります。本改正では、取引条件を当事者の交渉で決めるという市場メカニズムをきちんと機能させるため、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、委託事業者が必要な説明を行わずに一方的に代金決定し、中小受託事業者の利益を不当に阻害する行為を禁止しています」
――協議に応じたり、必要な説明を行えばよいのですか。
「この規定は、価格水準ではなく交渉プロセスに着目した規制であり、実質的な協議が行われているか否かにより判断されます。また、最終的な代金の額は委託事業者と中小受託事業者との協議により定められるものですが、中小受託事業者からの要請額を委託事業者が受け入れられない場合は、その理由や考え方の根拠を十分に説明することが必要となります。」
――交渉プロセスに着目したとは。
「これまでも、代金決定に関する規制として、通常の対価が100円の仕事を一方的に著しく低い50円に引き下げる『買いたたき』に対する規制は設けてきました。現在、物価上昇局面にあることもあり、対価自体は引き上げやすい状況にあると思います。しかし、その内訳を見てみると、対価100円の仕事が110円に引上げられていても、コストが40円から90円に上昇したため、利益が60円から30円に減少してしまっている状況などが考えられます。こうした物価の変動状況は業界や企業によって大きく異なります。個社の状況に応じた適切な価格転嫁を促進するために、買いたたきへの規制に加えて、対等な価格交渉が確保できる取引環境を整備しました」
――中小企業側の準備も必要になりますね。
「そうですね。受託事業者側も、自社でどれだけコストが上がっているかを明確に把握できていないと制度を上手く活用できないと思います。用語を変更したことにもあるように、受託事業者側の意識も変えていただく必要があると思います。以前のようにある業界やサプライヤーに属していたら全体が成長していく時代ではありません。ご自身の会社や従業員を守っていくためにも、依頼された仕事をそのままこなすだけでなく、その仕事をやる意味が会社として本当にあるのか、まさに経営が求められています。あくまで対等な企業であることを改めて認識し、しっかりと一つ一つの仕事を精査いただきたい。その上で、どうせ応じてもらえないと諦めるのではなく、対話の場をどんどん作っていただきたいと思います」
――適切な原価計算が難しいという企業も多いのでは。
「確かに、適切な原価計算ができていない企業も多いと思います。価格転嫁を適切に促していくためにも、ここはしっかりやっていただきたい。連携している中小企業庁や各都道府県の中小機構、商工会議所などが価格交渉のやり方や関連のハンドブック、簡単に原価計算が行えるツールなどを用意しています。こうしたものを適切に活用いただければと思います」
「また、本改正では事業所管省庁も情報提供先に追加されました。これまで通り、公正取引委員会や中小企業庁にご相談いただいてもよいですし、どこに相談したらいいかわからない場合は、馴染みの事業所管省庁へまずお話しいただいても不利益な扱いを受けることはありません。既に、対応マニュアルの共有や一部省庁とは合同パトロールを行うなど連携を深めており、点や線でなく面で対応できる体制を整えています」
――特にモノづくり企業が気を付けるポイントはありますか。
「金型などの製造に用いる物品の保管については引き続き注意いただきたいです。取適法では金型だけでなく木型や治具なども製造委託の対象物品に追加されています。また、ここ数年、勧告の件数としても多い分野ですので、引き続き意識を向けていただきたいです。特に、量産品から補給品に変わった時は注意が必要で、生産量が落ちたことで発注者側が存在を忘れてしまうことも多いですし、量産と同じ単価で製造させてしまっているケースなどにも注意いただく必要があると思います」
――今後の展開があれば教えてください。
「改正によって、対象の拡大や禁止行為の追加、名称の変更など、想定されていた課題に対しては基本的に対応できたと思います。では、次に何をするか。取適法の対象とならない取引、つまり、大企業と大企業や中小企業と中小企業などの取引をどう適正化していくかだと認識しています。サプライチェーン全体で価格転嫁や取引サイトの短縮を進めていくため、ルール整備の検討を進めていきます」
(日本物流新聞2026年1月25日号掲載)