荏原製作所、ポンプ施工にMR活用
- 投稿日時
- 2025/12/16 09:15
- 更新日時
- 2025/12/16 09:18
徹底したフロントローディングで現場負担軽減
現場の省力化が急務となっている建設設備業界では、最新のデジタルツールの活用が広がっている。国内最大手のポンプメーカー・荏原製作所も、10年程前から3Dモデルの現場活用を模索してきた。現在、詳細な3DモデルとMR技術を用いた緻密な事前検証によって、スムーズな工程管理や手戻り削減に絶大な威力を発揮している。同社が施工を担う南摩ダムの南摩揚水機場での取り組みから、設備施工の未来を探る。
南摩ダムは(独)水資源機構が栃木県鹿沼市で進めている思川開発事業の中核施設であり、利根川水系思川の支川の南摩川に建設されている。本ダムは ダム下流で合流する思川の沿川や利根川中下流での洪水被害を軽減するだけでなく、北西に流れる大芦川、黒川と南摩ダムを導水路(トンネル)で結び、豊水期には両河川から取水、渇水期には逆に送水することで、水道用水の供給や流域間での適切な水の融通などの役目を持つ。
事業実施においては、ICT建機を活用した無人化施工など最先端の取り組みが数多く試みられている。荏原製作所も施工現場の詳細な3Dモデルの作成やホロレンズ(HoloLens、MRゴーグル)の活用で現場改革を推し進めている。
「発注者や作業員の皆さんに、仮想空間上で実物大の機械配置や施工工程を見ていただき、搬入時の干渉箇所や、運用開始後の点検作業のしやすさなどを確認いただきました」(荏原製作所・社会システム建設部東京建設第一課の渡邊勤氏、以下同)
同社が施工を担当する南摩揚水機場はダム直下に位置する。渇水時にダムの取水口から貯留された水を取り込み、ポンプを使って圧力を高め押し出すことで、より標高の高い大芦川や黒川流域に水を届ける役割を持つ。
施設に設置されたポンプは6つ。特長的なのがエンジン駆動の送水用大型ポンプ2基だ。一般的な揚水機場では、送る水量を細かく調整するためインバーター制御が可能なモーター駆動のポンプが使用される。しかし、南摩揚水機場では、最大出力時に必要なポンプ性能とコストのバランスから、エンジン駆動式のポンプに回転数制御機能を付けた特殊なポンプの導入が決まった。

荏原製作所・社会システム建設部東京建設第一課の渡邊勤氏
「エンジン駆動式のため、モーター駆動式と比べると、排気用の配管や燃料タンクなど付帯する設備が多く複雑です。一方、建屋のスペースは限られているので、どのような設備をどのような順番で施工していくかが重要となりました」
■若手の定着にも寄与
従来であれば、2Dの平面図や立面図を印刷した紙図面に、関係者が膝を突き合わせて打合せをしていたが、南摩揚水機場では3Dモデルとホロレンズを活用し、仮想空間上での打合せを頻繁に実施した。
この体制が特に効果を発揮したのが、ダムから揚水機場まで水を引き込むための放流管の施工だ。口径1500ミリのステンレス配管約34メートルを溶接で繋げながら埋設していく作業だが、配管の位置が数㍉ずれただけでも「フランジを接続できなくなったり、配管が曲がったりしてしまう」可能性があった。
「現場には元請けの施工業者が30社ぐらい、最盛期には800人程の関係者が働いていました。スケジュールもタイトで、万が一配管を接続できないとなると、その影響は当社だけでなく現場全体にもおよぶ状況でした」
同社は事前に地形の正確な点群データを取得し、そのデータに3Dモデルを重ね合わせ、接続角度や座標位置が正しいのかを把握。現場作業者との事前の打合せや配管メーカの工場での事前の仮組みによる寸法確認など行い、現場での間違いが起こらないように幾重にも対策を施した。
「従来ですと現場溶接時に調整可能な箇所や機構を意図的に設計に盛り込む必要がありました。そうすると現場での施工作業や期間は増えますし、品質にもばらつきが生じます。本件では事前の段取りをしっかり行うことで、調整機能を最小限とし、工場出荷時と同様の高い品質の製品を短期間で現場に納めることができました」
こうした最新のテクノロジーを活用する徹底したフロントローディングの姿勢は、2024年問題や2030年問題など労働力不足が叫ばれる建設現場の働き方も変えつつある。
「3DモデルやMRの活用は若手でも不安なく仕事を進められる体制の構築と、新しいことに挑戦する機会になっています。建設業界では担い手不足が問題になっていますが、会社としてこうした取り組みを後押しすることで、若手の社員も増えてきています。手前味噌ですがとても良い環境になってきているなと感じています」
MEMO
南摩揚水機場にはエンジン駆動式のポンプが含まれているため、消防署や労働基準監督署への届出や、県の環境課との調整などが必要になった。従来の2D図面だと担当者によっては理解が難しく審査に時間がかかる場合があったが、3D図面を用いることで「円滑に話が進み、非常に好評でした」(渡邊氏)という。