金属3Dプリンターの現場実装が加速——金属積層造形先進国」を目指す日本の今
- 投稿日時
- 2026/03/09 14:41
- 更新日時
- 2026/03/09 16:39
Make Am Great Again ~失われた「先進」を取り戻せ~
1980年、名古屋市工業研究所の小玉秀男氏によって考案された「3次元積層造形(AM)」技術。本来、日本が世界をリードすべきこの革新技術は、いつしか欧米や中国に主導権を奪われ、日本は「AM後進国」と甘んじてきた。しかし、その停滞の霧がいま、晴れようとしている。
日本3Dプリンティング産業技術協会の松岡司常務理事は「日本のAM活用が遅れているとされるのは、産業構造の違いに起因する。普及が先行した航空宇宙や軍事分野の規模は欧米に譲るが、これからAMの主戦場となる自動車や消費者向け製品において、日本は世界トップクラスの産業規模を誇る」と断言する。その言葉を裏付けるように、日本の基幹産業である自動車各社は、着実に反撃の狼煙を上げている。
マツダはDED方式による緻密な積層条件の最適化により、金属AMを用いたダイカスト金型入れ子の補修プロセスを確立。従来困難だった熱影響を抑えた肉盛り補修を成功させ、金型寿命2・2倍、コスト50%減という劇的な成果を叩き出した。
一方、日産自動車は、既存の鋳造部品と同等の形状・材料特性を安定再現する技術基盤を構築。「AMならではの造形」に逸る気持ちを抑え、従来工法に極限まで性能を近づけることで、設計部隊の信頼を得た「試作の切り札」へと昇華させた。これにより、最大6カ月を要したアルミ鋳造品の試作期間を2カ月以内へと劇的に短縮している。
さらに、次世代を担う「技」の継承も始まった。2026年9月に上海で開催される第48回技能五輪国際大会。新職種「付加製造(AM)」部門に、日本代表として豊田自動織機の宮堂頌也選手が初参戦する。オールジャパンの支援を背に、世界一の称号を目指すその姿は、日本のAM再興の象徴だ。
いま再び、失われた先進性を取り戻す時がきた。——「Make AM Great Again」のエンジンとなる、最前線の鼓動を追った。
第48回技能五輪国際大会
豊田自動織機「付加製造」に初の日本代表
オールジャパンで金メダルへ挑む
世界中から選抜された青年技能者が「技能世界一」を競い合う第48回技能五輪国際大会が、2026年9月22日から27日までの6日間、中国・上海市で開催される。今大会、日本産業界にとって大きな転換点となるのが、近年新たに職種に加わった「付加製造(アディティブ・マニュファクチャリング:AM)」部門への初参戦だ。日の丸を背負うのは、宮堂頌也選手(豊田自動織機)。2022年の第46回大会から正式種目となった同職種において、日本勢として初めて世界の舞台に立つ。初出場での頂点を目指し、豊田自動織機を筆頭に金沢大学、リコージャパン、日本3Dプリンティング産業技術協会らによる「オールジャパン」の支援体制が構築された。
2028年11月、第49回技能五輪国際大会が愛知県で開催される。21年ぶりとなる自国開催を前に、日本産業界と厚生労働省は、AM部門における日本人選手の不在に強い危機感を抱いていた。
この難局に立ち上がったのが、ダイカスト製品等で国内屈指のAM活用実績を持つ豊田自動織機だ。同社技能五輪グループの大岩洋之氏は「AM職種の育成は未着手だったが、機械製図部門でAM出力を取り入れる動きは始まっていた」と振り返る。折しも2024年、製図データの検証用に3Dプリンターを導入したタイミングが重なった。「機械製図の全国大会で銀メダルの実績がある宮堂選手なら、AMでも十分に戦える」。大岩氏の確信が、日本初のAM代表誕生の号砲となった。

練習風景
今年、創立100周年を迎える同社にとって、従来の「除去加工(Subtractive)」に「付加加工(Additive)」を融合させる試みは、次世代モノづくりの象徴でもある。日本代表エキスパートを務める野中英樹コーチ(豊田自動織機)は、「除去も付加もツールに過ぎない。最終目的は現場でより良い製品を作ること。教育部門として、土台の部分で設計の選択肢を広げる考え方を普及させたい」と、その意義を強調する。
■ 知識と技術の総合力が問われる「製造のバイアスロン」
競技は4日間、計6つの課題で行われる。金属・樹脂・光硬化の各方式を網羅した設計・造形に加え、トポロジー最適化、3Dスキャンによるリバースエンジニアリングなど、その範囲は極めて広範だ。
実機造形では、材料押出堆積(MEX)方式による樹脂治具制作と、デジタルライトプロセッシング(DLP)方式による製品制作の二つが課される。「まさに製造のバイアスロンやトライアスロンだ。金属AMの実機造形こそないが、残留応力、支持構造(サポート)や後工程を考慮した設計能力が不可欠。知識と技術の総合力が試される」と大岩氏は分析する。野中氏は「CAD操作は強みだが、未踏の領域における『勘・コツ』をいかに短期間で吸収できるかが鍵だ」と語る。
特に金属AMにおいては、積層特有の熱歪みやサポート設計の最適化など、学術的理解が不可欠となる。自社のノウハウを超え、金沢大学の古本達明教授らの知見を仰ぐ「オールジャパン」体制を敷いたのは、AMが単なるオペレーションではなく、高度な「設計製造技術」の結晶であるからに他ならない。
■ 「日本のモノづくりの美学」を採点基準に刻む
訓練の主眼は、設計図をなぞる「受動的加工」から、機能から形状を導き出す「付加的クリエーティブ思考」への転換に置かれた。
「除去加工では不可能な、AMならではの幾何学形状をいかに機能に結びつけるか」(大岩氏)。一方で、野中氏は日本代表としての矜持を示す。「得点稼ぎのための歪なAM設計よりも、治具として最高品質を追求する『日本のモノづくりの美学』を貫きたい。その上で減点を最小化する。また、エキスパートの役割は、その設計思想をプレゼンし、国際的な評価基準に反映させることにある」と意気込む。
現在、世界最強を誇るのは韓国チームだという。まずは混戦を抜け出し、韓国に肉薄する。そして2028年の愛知大会で確実な金メダルを奪取する。「選手の活躍が競技の普及につながるスポーツ同様、宮堂選手の挑戦が日本のAM普及の一助になれば」。大岩氏の言葉には、次なる100年を見据えた静かな決意が宿っていた。

右から大岩洋之氏、宮堂頌也選手、野中英樹コーチ
インタビュー
付加製造種目 日本代表・宮堂 頌也 選手
――機械製図からAMへの転向、戸惑いはなかったか。
「職場改善でFDM(熱溶解積層)に触れた程度で、金属AMや光造形は未知の世界でした。しかし、この貴重な機会を逃したくない。挑戦することに迷いはありませんでした」
――除去から付加へ、頭の切り替えに苦労した点は。
「どうしても『こちらを削ったほうが早い』と直感してしまう“除去加工脳”が染み付いています。一つの課題を煮詰め、AMならではの合理的形状を120%まで思考して、脳内の回路を上書きし続ける。その繰り返しです」
――勝機をどこに見出しているか。
「機械製図で培ったスピードと、CADの習熟度には自負があります。これまで学校でも職場でも触れてこなかった付加製造のロジックをどれだけ自分のものにできるか。各国の強豪から吸収できるものは全て吸収し、メダルに届くと信じています」
――エキスパートとのトレーニングで得た気づきは。
「四角い箱のような設計になりがちな自分に対し、トラス構造などAM特有の構造がなぜ優れているのか、先輩方が理論的に裏付けてフィードバックしてくれます。最近は日常の風景を見ても『AMならどう造形するか』と自然に考えるようになりました」
――初の国際大会、そして次なる地元・愛知大会へ。
「初の海外で不安もありますが、まずは中国の環境に慣れ、万全の体調で挑みます。国際大会の選手枠は一度きりですから選手としては金メダルを狙います。私が今回培った経験や記録は全て資料として残し、2028年の愛知大会で戦う後輩へ繋ぎたい」
第48回技能五輪国際大会
AMで日本初参戦、選手を支える「オールジャパン」
産学官で挑む技能世界一への道
2026年9月、中国・上海市で開催される第48回技能五輪国際大会。新職種「付加製造(AM)」部門への日本初出場と金メダル奪取に向け、豊田自動織機を筆頭とする「オールジャパン」の支援体制が構築された。金沢大学、リコージャパン、日本3Dプリンティング産業技術協会らによる、各領域の専門性を結集したサポートチームの活動を詳報する。
■ 金沢大学、金属AMの「プロセス」を身体化
金沢大学設計製造技術研究所は、レーザー粉末床溶融結合(PBF-LB)方式の金属AM装置「LUMEX Avance-25」(松浦機械製作所製)を用い、出場選手に対する金属AMのデータ作成から造形、後処理に至る全プロセスの訓練を実施した。
入熱時の熱歪みや残留応力の制御など、金属AM特有の難易度に対し、一般的な講習会では得られない実戦的なスキルをレクチャーした。古本達明教授は「多くの企業が、技能五輪での種目化を知ることで、AMによるものづくりの有効性を再認識することになるはずだ」と期待を寄せる。古本教授は現在、モニタリング技術による品質保証と造形条件へのフィードバックに関する研究に注力しており、この領域こそが今後、日本が世界をリードする鍵になると見ている。
■ リコージャパン、訓練環境の「垂直立ち上げ」と設計思想の注入
リコージャパンは、大会公式のインフラリストに準拠した訓練環境を「垂直立ち上げ」すべく、産業用3Dスキャナーや複数方式(MEX/VPP等)の3Dプリンター導入を主導した。
AM職種の競技では、3Dスキャンデータを活用したリバースエンジニアリングや、AMの利点を最大化する設計手法「DfAM(Design for Additive Manufacturing)」が問われる。同社の寺原大介氏は指導員として、リコーグループの製造現場で培った設計ノウハウを宮堂選手へ注入。データ作成プロセスの高度化を支援してきた。寺原氏は「今回の初出場は、日本の産業界が『試作のための3Dプリント』から『製造プロセスとしてのAM』へと脱皮するための重要な転換点になる」と確信を込める。
■ 日本3Dプリンティング産業技術協会、グローバルスタンダードを網羅
一般社団法人日本3Dプリンティング産業技術協会は、選手およびエキスパートに対し、前回のフランス・リヨン大会で使用されたMEX/VPP/PBFの各方式に関する専門講座を実施。3Dプリンティングの基礎から、材料特性や各種方式の原理に至る包括的な教育提供を行った。
松岡司常務理事は、欧米や中国に比べ航空宇宙・医療等のAM先進分野の国内規模が相対的に小さい現状を指摘しつつ、「今後普及が期待される自動車や消費者向け製品分野では日本は世界のトップクラス。必ずや活用は進んでいく」と予測。技能五輪での挑戦が、国内産業界へのAM普及に一石を投じることを確信している。
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(日本物流新聞2026年3月10日号掲載)