「溶接人材難」時代

今後20年間で約2割減少すると言われている日本の労働人口。製造業においては34歳以下の若年就業者が20年前に比べ約7%減少するなど、逆風が吹き荒れている。特に溶接のように技術を要する現場の人手不足は深刻さを増しており、技能継承や現場のデジタル化が叫ばれている。その現状と対応策を探った。

カギ握る人材育成とデジタル化

溶接技術者の育成が急務




溶接業全般において人材不足が慢性化している。厚生労働省による職業安定業務統計では、コロナ禍に見舞われた2021年12月の溶接技能者(金属材料製造、金属加工、金属溶接・溶断の職業)に対する有効求人倍率は5.56倍と記録的な高水準となった。

その後も技量資格を持った溶接士の需要や有効求人倍率は3倍を超える水準で推移しており、改めて人材難が溶接業界におけるボトルネックとなりつつあることが浮き彫りになっている。

実質的に溶接士不足の受け皿となっていた外国人技能実習生もコロナ禍での入国規制により新規受験者が減少したことも影響をしたとみられる。

日本溶接協会(日溶協)による2020年3月から2021年4月の溶接技能者認証は実技試験10万466人(前年度日10.2%減)、合格者数7万7840人(同9.6%増)となった。新規の受験を示す学科受験者数は1万8252人(同17.8%増)に対し、合格者数1万5110人(同17.2%減)だった。

こうした人材難に対し、日溶協では溶接技能教育を注力事業として方針に掲げている。各種の教育事業を各地区指定機関と連携して実施、新規の学科試験受験者を対象とした講習会では、全国の指定機関と連携した講習会を開催している。

「専用のテキストを利用したカリキュラムでJIS試験の合格率向上を図っており、受講者からは『要点がまとまっていて理解しやすい』と好評を得ている。また確認試験で一定の点数をとることでJIS学科試験が免除となるなど、企業にとってもメリットが大きい」(日溶協)

加えて2020年度度より就職氷河期世代を対象とした短期資格取得カリキュラムも展開するなど、溶接人口拡大に向けた対策も進めている。

人材の多様化もカギを握っている。コロナ禍で溶接人材が圧倒的に不足した理由のひとつに挙げられるのが、溶接業界の人材不足を補完してきた外国人技能実習生の入国規制。また記録的な円高により、特定技能で働く専門性を持った技能を保有している外国人材の採用と、雇用を維持する難易度も年々高まっている。

特に中国、韓国においても溶接技能者不足は深刻で、アジア圏において溶接人材は取り合いとなっているのが現状だ。外国人人材のマッチングサービスや特定技能者の書類業務を効率化するクラウドサービス「スマイルビザ」を展開するクロスランは、「昨今、日本就業の志望者が減少傾向にあるのが事実です。来日する外国人人材が求めているのは『高い賃金』と『良い労働環境』です。彼らに選んでもらえるような賃金体系、体制にしなければなりません」と話す。

AIで職人の 動きを解析

溶接現場で急務ともいえる人材育成。これに対してAIの活用で一石を投じようとしているのが日鉄ソリューションズ、HCMIコンソーシアム、日本溶接協会によるデジタル活用の取り組みだ。

共同で研究開発中のシミュレータは、溶接に必要な勘やコツなど言語化しにくい暗黙知を個人差までをふまえて習得可能にすることを目指している。熟練の溶接技術者が持つ技術・技能の伝承活動を改めて強化してきた日本溶接協会によると、「熟練者の教え方は千差万別。長年の経験則で自身が工夫しながら技能を身に着けてきたものが多く、同様のワークを溶接するにも、正しい溶接法は必ずしも1つではない」という。

そこで着目したのが、アーク熱等によって金属が融けて池のようになる「溶融池」の形状だ。溶融池は作業中、常に変化し続けている。最適な溶融池を得るには、溶接の速度や溶接棒を動かす速さ、当てる角度などが重要となる。

開発中のシミュレータでは、溶接作業で求められる溶融池を、適切に制御する身体の動きをAI(人工知能)技術を使ってシミュレーションしトレーニングが行えるという。

「溶接の難しさは、金属が溶ける状況を先読みし、それに合わせてリアルタイムに手を動かす点にある。その動きに対応した溶接現象を示すデータを大量に用意することで、実際の動きに基づいた溶接現象を仮想空間に再現する。その際に、手本である熟練の溶接技術者のモデルとの差分を検出することで、より上達するためには、作業の動きをどう見直すべきかを個々人に提示できるようになる」(日鉄ソリューションズ)

こうしたシミュレーション技術の開発は、なかなか進まない女性の溶接業への参画や言語的なハンデを抱える外国人労働者の育成にも大きな力となるだろう。

(日本物流新聞 2023年3月25日号掲載)

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