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世界の工場は南へ? 生産移管の本命を探る

投稿日時
2025/02/21 10:42
更新日時
2025/02/21 11:43

トランプ大統領がさっそく「タリフマン」としての本領を発揮している。中国への追加関税で米中のデカップリング(経済分断)はいよいよ常態化し、日系企業の生産移管を伴うサプライチェーンの再編機運もより高まっている。では、生産移管先の最右翼と目されるのはどの国(あるいは地域)なのか。トランプ氏は2月18日に輸入自動車や半導体への追加関税を「25%程度」と述べ、これにより生産移管をめぐる動きは見通しづらくなったが、人件費の高い米国で生産をするのは困難も伴う。本特集では有識者等へのインタビューを通じて、今のところアジアでは最有力国とされるベトナムやインドの現状と発展性を掘り下げた。


チャイナ・プラスワンという言葉は2000年代にはすでに誕生していたとされる。以降は尖閣問題や新型肺炎禍など、中国をめぐる地政学的リスクが高まるたびにこの言葉が取沙汰されてきたが、第二次トランプ政権が発足したこともあって再び日系製造企業の関心事になっている。トランプ氏は大方の予想通り就任早々に関税政策を打ち出した。中国からの輸入品にも10%の追加関税が課されることに(2月4日)。バイデン前政権より米中のデカップリング傾向はより鮮明になったと言え、経済対立はもはや常態化している。

サプライチェーンリスクを回避すべく、日系製造企業もASEANや南アジアへの生産移管の動きを強める。日本貿易振興機構(ジェトロ)が昨年11月に出した「海外進出日系企業実態調査 アジア・オセアニア編」でも、今後1、2年で中国で事業展開を「拡大」とした企業は762社中21.7%にとどまった。

とはいえ中国は依然として巨大なマーケットであり、「世界の工場」の地位こそ揺らいだとしても、製造業の層の厚さや技術レベル、インフラ、コストバランスからその役割を完全に代替できる国は他に見当たらない。同じ調査でも今後1、2年で中国から「第三国へ移転、撤退」と答えた企業はわずかに1.4%で、深く現地に根を張った生産拠点を一息に畳むのはそれ自体が大きなリスクだ。景気回復に期待する声も多く、中国に軸足を残しつつ他地域への部分的な生産移管を模索するのが少なくとも短期的には日系製造企業の現実的な針路だと思われる。

生産移管先はどこになるのか? トランプ氏は2月18日に輸入自動車や半導体に関する「25%程度」の追加関税をちらつかせ、米国への生産移転へプレッシャーをかけている。ただメーカーからは「人件費が高すぎる」「人が集まるとは思えない」との本音も漏れる。ひとまず米国は置いて考えれば生産移管先の筆頭候補はASEANもしくは南アジアだ。業種や目的によって答えは変わるが、本紙の聞き取りでは、ベトナム、あるいはインドを有力視する向きが多い。

ベトナムは人口が1億人で平均年齢32.4歳の若い国であり、人件費が(高騰しているとはいえ)比較的安く市場の拡大も見込めるという「総合力」が魅力。インドは裾野産業やインフラなどに課題はあるものの、人口14.5億人を抱え本格的な工業化も期待される市場としての発展性で製造業の投資を呼び込む。インド経済に詳しい南山大学の上野正樹准教授は「インドはここ2、3年でモータリゼーションに突入する」と話し、これがインド経済の起爆剤になる可能性がある。

先に引いたジェトロの調査でも、今後1、2年でインド事業を「拡大」としたのは309社中80.3%、ベトナムは859社中56.1%で日系企業の関心は間違いなく高い。反面、ASEANの中で経済成長率が低く少子高齢化も進むタイはいわゆる「中所得国の罠」に陥ったと指摘され、ベトナムとインドが注目を集める流れは今後も当面続くだろう。

■内巻の覚悟

実際に日系企業の生産移管は進んでいるのか。ジェトロホーチミン事務所の松本暢之氏によれば、「24年の日系企業のベトナムへの投資額は23年と比べ半減した」という。関心が高まっているにも関わらず投資が進まない理由の1つはベトナム国内の政治的混乱だ。党大会を控えて行政機関の許認可が滞っており、このことで日系企業も様子見に徹している可能性がある。

ただ、米中のデカップリングで渦中にある中国企業はそれでも怯んでいないという。「日系企業が情報収集に留まる中、中国企業はすでに大挙して押し寄せておりスタンスの違いが明確に出ている」(松本氏)。同様の声はベトナム以外からも聞こえ、本紙が昨年10月に現地取材を行ったタイでも中国系企業の進出が相当、加速していた。中国企業自身が誰より急ピッチで中国離れをしており、中国に拠点を置く生産財商社の幹部は「中国国内は内巻(不条理な内部競争およびそれによる消耗。中国の流行語にもなった)状態で、企業は外に出て戦うしかないという強い決意がある」と話す。

中国企業はすでにベトナムでも低価格・短納期で攻勢をかけており台頭が著しいようだ。インド市場も「魚は多いが釣り人も多い」状況で競争は激化する。中国企業が進出することで現地の裾野産業が発展し課題だった現地調達率を上げられる見込みはあるが、日系企業のそれらの国々でのシェア争いは当然、より厳しいものになるだろう。

生産移管は多くの場合、サプライチェーンの分散だけでなく現地市場の攻略も視野に入れているはずだ。ASEAN諸国も米中のデカップリングにはおおむね中立的なスタンスを取ると目され、中国企業が進出するうえでの障害は少ない。日系企業が様子見と情報収集に努めるあいだに先行者利益を逸失する可能性も否定はできない。生産拠点をどこに置くのか。悩んでいられる時間は短いかもしれない。






ベトナム・インドは飛躍するか

バランス秀でたベトナムと爆発力のインド

生産移管の本命


中国に替わる輸出・生産拠点「チャイナ・プラスワン」。候補国の中でも足元で高い注目を集めているのがベトナムとインドだ。両国とも現地調達の難しさが指摘されてきたが、豊富な人材や市場の発展性が他の国・地域と比べ「頭ひとつ、ふたつ抜けている」との評が飛び交う。「世界の工場」中国の立場を担うようになるのか。市場としての経済的発展性と生産拠点として見た場合の可能性、ふたつの視点で探っていく。


Chapter.1 インド


「この1年を振り返ると、インドはとにかく忙しくしている」とミツトヨの沼田恵明社長は昨年10月の山善海外メーカー顧問会第3回総会で語った。「『インド一強』と言うべきか、当社の場合は1カ国で東南アジア6カ国の売上に追いつくほどの勢いで、明らかにインドが成長エンジン。いやジェットエンジンに近い状況で伸びている」

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体感では「次はインドが熱い」との声は生産財メーカーの間でここ2年半ほど頻繁に聞かれるようになり、その熱は今のところまったく落ちていない。世界一の人口を抱え所得も向上し、すでにベンガルールなどの都市部では高価格帯のレストランが若者で埋まるなど豊かな消費者層が拡大中だ。ブランド品ばかりが並ぶモールで買い物を楽しむ若者の姿もよく目にし、現地にはさらなる経済発展が期待できる明るさがある。

2024年の新車販売台数は522万6784台(インド自動車工業会まとめ、商用車含む)で世界3位につけたが、南山大学の上野正樹准教授によればこれでもまだモータリゼーションには至っておらず、近い将来の本格到来が見込まれる。二輪車から四輪車、小型車から大型車への乗り換えの波は同国経済の起爆剤になりえ、モビリティ産業の発展は工作機械など生産財市場の成長にもつながるだろう。

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過去何度か、直近では2010年代に挫折を経験し悲願だった半導体産業振興も、米マイクロン社やルネサスエレクトロニクスが工場を新設する運びとなり今度は実現に至る公算が高い。期待が先行している感もあるが、IMFの1月の世界経済見通しでも25、26年のインドの実質GDP成長率は6・5%と当面は堅調に推移する見込み。長期的に見た生産財市場としての有望性は間違いないように思える。

翻って、生産拠点としてはどうか。現地に工場を持つ生産財メーカーも多くの場合この点はかなり苦労をしているようで、裾野産業の層が薄いため現地調達率を上げるには腰を据える覚悟が必要だ。その代わり人材採用はやりやすい――わけでは必ずしもない。聞けば製造業にとっては意外とインドも人手不足だという。根強く残るカースト制の影響もあるが、都市では若者が華やかなイメージのITやアパレル産業に流れてしまうことも一因としてある。

現地に詳しい人ほど「インドは時間がかかる」と語るのが印象的だ。市場としても生産拠点としても、登り竜のようだったかつての中国の発展より長い目で考える必要がある。生産も販売も軌道に乗るまで時間がかかり、特に現地生産にはインフラ含め課題が多い。長期的な経済発展は半ば約束されているものの、生産移管先としてはじっくり腰を据える覚悟で挑むべきだろう。


Chapter.2 ベトナム


ことASEANで言えば日系製造企業の目にベトナムは生産移管先としてかなり魅力的に映るようだ。人件費は高騰を続けているがまだ比較的安く、「大卒の優秀な技術者が多く採用しやすい」(ベトナムでロボ用ベルトグラインダーを生産するフジ矢テックベトナムの庄子就氏)という利点がまずひとつ。人口は1億人で内需の拡大が見込まれ、生産移管の波を受けて製造業の集積も期待できる。あるメーカーのトップは「国民性が日本に近く『極める』種類のモノづくりに向いている」と話す。政治的・経済的にも安定しており駐在員やその家族が暮らしやすい居心地の良さもよく魅力に挙げられ、こうした総合力とバランスが、日系製造企業の目をベトナムに引きつけている。

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インドと同様、やはり現地調達の難しさがベトナムに生産拠点を置くうえでの課題になる。山善ベトナムの平田天平現法長は昨年7月の本紙取材で「ベトナムは確かに中国より人件費が安い。だがここで製造した完成品は3割くらい高くなりがち。素材の費用が高いから」と語った。

日本貿易振興機構(ジェトロ)が昨年11月に出した「海外進出日系企業実態調査 アジア・オセアニア編」でも、ベトナムにおける日系企業の現地調達率は36.6%とASEANの中でもやや低い。ただジェトロホーチミン事務所の松本暢之氏によればこれには円安の影響もあり、円安さえ落ち着けばローカル企業からの調達を増やすことのできる地力は付いてきているようだ。

ベトナムは現在、国内の政治的な混乱により投資や工場の新設にあたっての許認可が取りづらい状況にある。ジェトロ松本氏によれば25年後半にかけて改善が見込まれ、日系製造企業は投資のタイミングを見計らいつつ準備を進める必要がある。

従来、日系製造企業のチャイナ・プラスワンの恩恵を受けていたのはタイだった。今も裾野産業の層の厚さや生産拠点としての安定性は同国の魅力だが、経済の成長エンジンが見られない中で少子高齢化という課題を抱えるなど市場としての発展性に翳りが生じている。

その間隙を縫って市場として有望なインドとベトナムが注目を浴びている形だ。中国の生産機能を完全に担える国は今のところない。だが取材中も特にインドに関しては「将来的に世界の工場になり得る」との声が多かった。インドもベトナムも現地生産のメリットを出せるまで時間はかかるだろうが、考えてみれば中国に工場を持つ企業も、最初の「中国製」は日本製より割高から始まったはずだ。移管後、当面見込まれる苦労を差し引いても、両国の生産移管先としての魅力はしばらく褪せそうにない。






ゲートジャパンがベトナム、インドに現法設置へ

協力工場強化と市場開拓

中国依存減 


「2027年にもベトナム、次いでインドに現地法人を立ち上げたい」とゲートジャパン(京都市伏見区)の西澤耕一社長は話す。同社は精密金型部品から飲料の充填機まで、様々な部品や金型、FA装置を顧客の要望に応えて製造販売する。経営は基本的にファブレスで、東・南アジア各国の協力工場ネットワークを活かし、最適地で生産した物を自社で品質保証する流れだ。トランプ政権の発足で米中の対立構図は激化する可能性も高い。現法設立には協力工場の開拓で中国依存を減らしつつ、生産移管先として有望なベトナム・インド市場を深耕する狙いがある。

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西澤耕一社長。後ろには3次元測定器が並び、24時間恒温環境の中で品質検査が行われていた

例えば半導体の封止金型に使われる精密金型部品、あるいは金型そのもの。ゲートジャパンはそうした精密金型関連製品を筆頭に、設備部品など様々な部品の製造販売を手がける。ワイヤーハーネスのカシメ機や飲料の充填機などFA装置の設計製作も得意とし、売上の2割近くをこうした自動化装置が占めている。

特徴的なのはFA装置の一部組立を除いてファブレス経営を貫くこと。上述の部品やFA装置は日本を含めた各国の協力工場ネットワークを活用し、仕向け地や仕様に応じて最適な場所で製造。同社が品質保証や調整を行ったうえで顧客の元に届ける。見積もりの早さに加え「設計だけ、部品製造だけ、組立だけなど変幻自在にやる」(西澤社長)ことが顧客にとってのメリットに。「もちろん設計製造すべて受けられるが、『今はこの工作機械が混んでいるから』と嫌な部分だけ依頼してもらって構わない」と強調する。

協力工場のネットワークを活かして部品を製作するビジネスモデルも昨今はいくつか見られ始めた。ただ同社はそれらと激しくバッティングはしない。金型設計や装置の設計製作まで幅広く手がける柔軟性、そして金型などミクロン台の精密加工を得意とする点で独自色が発揮できるからだ。自然、自動車以外に半導体や医療など競合とは違う顧客層が開けた。

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同社が得意とする精密金型部品

次なる目標に西澤社長はDXの推進を掲げ、AIやRPAで見積もりの自動化に向けて動いている。特注品や高精度部品のオーダーも多いため簡単ではないが、軌道に乗ればシステムの外販も視野に入る。

■頭1つ抜けたベトナム

ゲートジャパンは日本以外に中国とタイに現法を持ち、協力工場はそれ以外にも韓国、台湾、インドネシア、ベトナム、マレーシア、インドなど約300におよぶ。このうち最も多いのは中国だが、昨今の世界情勢を踏まえたリスク回避のため今後は中国への依存度を減らす考えだ。代わって重視するのはまずベトナム。「27年をめどに現地法人を立ち上げたい」(西澤社長)。米中のデカップリングでベトナムへの生産移管が増えることによる需要の増加、そしてモノづくりへの適性を勘案すると「有望さがASEANで頭ひとつ抜けている」との判断からだ。

ベトナムに次いでインドにも現法の設立を計画する。協力工場の候補はベトナムよりさらに絞られるが「何より市場に魅力がある」と将来性を買う。ベトナム法人は品質保証を中心に販売機能も持たせ、インド法人は品質保証と販売の機能を半々とする予定。同社は今、米国への販売を強化中だ。米国には販売拠点の設立を考えており、ベトナムで製作した部品を米国に輸出することも視野に入れる。

立て続けに海外法人を設立するのは負担も大きそうだが、同社の場合はスムーズにいくかもしれない。社員の半分を海外人材が占め、ベトナム法人の設立も国内で採用したベトナム人スタッフが中心で行うからだ。インド出身の人材もすでに同社で働いている。協力工場と販売網を広げ、世界中の依頼に最適地生産で応える。






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日本貿易振興機構(JETRO) Ho Chi Minh Office Chief Representative 松本 暢之 氏(ホーチミン日本商工会議所 副会頭)


帝京大学 経済学部 経済学研究科 苅込 俊二 教授


南山大学 経営学部経営学科 上野 正樹 准教授



(日本物流新聞2025年2月25日号掲載)