アジア物流最前線「世界の心臓」が止まる
- 投稿日時
- 2026/02/24 10:06
- 更新日時
- 2026/02/24 10:19
「春節物流停滞」リスクの実情
中国が一年で最も華やぐ伝統祝祭日「春節(旧正月)」。今年は2月15日から23日までの「史上最長」とも称される9連休とあって過去にない盛り上がりを見せている。しかしその裏側で、中国国内、そして世界を支える巨大な物流網は、例年深刻な停滞に直面する。数億人が故郷を目指す「春節運搬(春運)」の影響で、トラック運転手や宅配員が一斉に現場を離れるためだ。この「物流の空白」は、単なる国内の遅延にとどまらず、グローバルサプライチェーンを揺るがす構造的なリスクとして浮き彫りになっている。
中国の物流を支える中核的存在であるトラック運転手や配送スタッフの多くは、内陸部の農村出身者である「農民工」が占めている。彼らにとって、春節は家族と過ごす唯一無二の機会であり、連休の前後を含めて2週間から1カ月近く休暇を取るのが一般的だ。
大手物流各社は「春節も営業継続(不打烊)」を掲げるが、実態は厳しい。通常時の稼働率を大幅に下回り、配送拠点の仕分け作業やラストワンマイルの配送効率は劇的に低下する。特にEC(電子商取引)大国である中国において、この時期の配送遅延は常態化しており、消費者の利便性だけでなく、生鮮食品を扱う事業者などには致命的な打撃となる。
中国の物流停滞は一国の問題では完結しない。広州や上海などの主要港では、工場から港へ荷物を運ぶドレージ(コンテナ輸送)の運転手が不足し、輸出入のサイクルが鈍化する。
世界の製造業は、中国からの部品供給に強く依存している。春節前に在庫を積み増す「駆け込み需要」が物流網に過度な負荷をかけ、運賃の高騰を招く。そして連休に入ると、今度は脈動が止まったかのように物流が途絶える。この「極端な変動」が、日本を含む各国の製造ラインに「部品待ち」による操業停止のリスクを突きつけるのである。
この恒常的な課題に対し、中国政府や物流大手は対策を急ぐ。近年、アリババ傘下の「菜鳥(ツァイニャオ)」や京東物流(JDロジスティクス)などは、自動仕分けロボットや無人配送車の導入を加速させている。人手に頼らない物流インフラの構築により、人の移動に左右されない強靭なシステムの実現を目指している。

京東物流が導入を進める無人配送車
しかし、広大な国土と多様な配送先を抱える中国において、完全な自動化は道半ばだ。また、労働力不足を背景とした賃金上昇は物流コストを押し上げ、春節期間の「特別料金」設定も一般的になりつつある。
「世界の工場」の物流が止まる時、その波紋は音もなく世界中に広がる。春節という伝統行事は、旧暦に基づき毎年変動するが、物流への影響は春節の約3週間前から始まり、明けた後の2~3週間後まで、合計で約1・5〜2カ月間尾を引く。
春節による物流停滞は、中国の文化・社会構造に根ざした現象であり、一朝一夕に解決するものではない。企業側には、この「定期的な停滞」を前提とした在庫戦略や、調達先の多角化(チャイナ・プラス・ワン)といった高度なリスクマネジメントがこれまで以上に求められている。
■ASEAN諸国への影響
一方、東南アジア諸国の年始から3月にかけてのビジネスシーンは、中国から押し寄せる「静かなる嵐」に翻弄される。中国の春節に伴う物流機能の停止は、海を越え、国境を越え、ASEANの隅々にまでドミノ倒しのような影響を及ぼす。
また、ベトナムの「テト(旧正月)」や中国系住民が多いシンガポールやマレーシアのように、旧正月を祝う文化を持つ場合、影響は相乗的に拡大する。この現象の問題点は、中国を供給源かつ消費地とするアジア経済の構造的な依存関係にある。
アジアの製造業、とりわけベトナムやタイの製造ラインにとって、中国は部品や原材料の主要な供給元だ。春節の2週間前から、中国国内の工場は稼働を落とし、トラック運転手は帰省の途につく。これにより、港湾へ向かう陸上輸送がストップし、コンテナ船のスケジュールが混乱し始める。
ベトナム北部の電子機器工場では、中国から届くはずのプラスチック金型や電子基板がストップすることで、ライン稼働を調整せざるを得なくなる。この供給の空白を埋めるために企業は数カ月前から在庫を積み増すが、それは保管コストの増大とキャッシュフローの悪化を意味する。春節はアジアの製造現場に「在庫管理」という名の重いコストを毎年突きつけている。
一方で、ASEAN側から中国へ向かう物流も深刻な機能不全に陥る。特にタイやベトナム、ラオスの農家にとって、中国はゴムや果実の巨大市場だ。特にドリアンやマンゴスチンといった高級果実はギフトとしての需要が爆発的に高まり、生産者にとっても大きな稼ぎ時となる。

通関を待つ資材(タイ——ラオス国境間)
これらの農産品は春節前の需要期に合わせ出荷され、国境付近には数十㌔にわたるトラックの列ができる。しかし、中国側の通関スタッフや荷役作業員が休暇に入ると、処理能力は通常の数分の一にまで落ち込む。この「通関の壁」により、鮮度が命の農産物が国境で腐敗し、甚大な損失を被る光景は、もはや春節の風物詩とさえなっている。物流の停滞は、末端の生産者の生活を直接的に脅かす破壊力を持っている。
近年、米中対立や人件費高騰を背景に、企業が生産拠点を中国からASEANに移す「チャイナ・プラス・ワン」が進んでいる。しかし、春節の混乱は、この戦略がまだ道半ばであることを冷酷に示している。生産拠点こそ移ったものの、主要な部品や素材の調達先がいまだに中国に集中しているため、中国の物流が止まればASEANの工場も止まるという共倒れの構造が温存されているためだ。
ASEAN諸国に軸足を移した各企業は、この「中国リスク」を回避するため、域内でのサプライチェーン完結を目指している。だが、インフラ整備や熟練労働力の確保にはまだ時間がかかる。春節のたびに露呈する物流の脆弱性は、ASEAN経済が真の自立を果たすための「成長痛」とも言えるだろう。
この恒常的な課題に対し、新たな動きも始まっている。中国とラオスを結ぶ「中老鉄道」の開通や、タイからマレーシア、シンガポールを縦断する鉄道網の強化は、海運に依存しすぎない「陸の回廊」による物流の多角化を狙ったものだ。デジタル技術の導入により、国境検疫を自動化し、人の手に頼らない24時間体制の通関システムを構築しようとする試みも加速している。
しかし、技術がいかに進歩しようとも、春節という文化が持つ「家族との再会」という、ヒト同士が持つ強烈な引力には抗えない。延べ数十億人が移動し、社会全体が休息をとるという中国のエネルギーそのものが、グローバルなロジスティクスを停止させる。
この「構造的な停滞」を受け入れ、いかにその影響を最小限に抑えるか。ASEAN諸国にとっての春節は、単なる祝祭ではなくサプライチェーンの強靭さを試される、年に一度の試練となっている。この試練をどう乗り越えるかが、次の成長ステージへの鍵を握っているだろう。
春節リスクに負けないサプライチェーン構築へ

トヨタ自動車タイ・バンポ―工場
春節リスクという「定期的な供給断絶」を契機に、日系企業とASEAN各国は、中国に依存しない強靭なサプライチェーンの構築を加速させている。
これまで日系企業のASEAN拠点は、主要部品を中国から輸入して組み立てる「加工貿易」の色彩が強かった。しかし、春節による物流停滞が経営に与えるダメージを最小限に抑えるため、「地産地消型」のサプライチェーンへの転換が進んでいる。
トヨタ自動車やホンダなどの自動車メーカーは、タイやインドネシアでの生産において、これまで日本や中国から輸入していたプレス部品や樹脂成形品を、現地の中小サプライヤーから調達する比率を高めている。単に購入するだけでなく、日本の熟練技術者を派遣し、現地の製造現場のデジタル化や品質管理の指導を行うことで、春節に左右されない安定調達網を構築している。
素材や原材料の現地調達も進む。パナソニックなどの電機メーカーは、中国産の素材に依存していた回路基板や電子部品の一部を、ベトナムやマレーシア国内の工場、あるいは域内他国からの調達に切り替えた。これにより、春節期間中のコンテナ不足や運賃高騰の影響を回避し、リードタイムの短縮を実現している。
国家レベルの取り組みも進む。シンガポール政府は、貿易書類、物流データ、金融決済を一本化する次世代貿易プラットフォーム「NTP」を運用。これにより、春節前後の繁忙期でも、従来数日かかっていた通関手続きが数分から数時間で完了する。また、AIを活用したリスク審査により、信頼性の高い事業者は「ノンストップ通関」が可能となる。
マレーシアはアリババグループと提携し、クアラルンプール国際空港に「電子世界貿易プラットフォーム(eWTP)」のハブを設置。デジタル通関システムの導入により、24時間365日の自動処理が進んでおり、人の移動が激しい春節期間中であっても、貨物の滞留を最小限に抑える仕組みを整備している。
域内全体でも、関税申告書や原産地証明書をデジタルで共有する「ASEANシングルウィンドウ」の運用が本格化しつつある。これにより、将来的には「ASEAN域内完結型」の貿易が、紙の書類を待つことなく高速で処理されるようになる見込みだ。
タイ、持続的成長へインフラ投資を加速
カギはデジタル、エネルギー、物流の連携強化
タイ王国政府は、長期的な経済競争力の強化とASEAN地域ハブとしての地位確立を目指し、インフラへの戦略的投資を最優先課題とし、特にデジタル、エネルギー、交通・物流の三本柱に注力している。持続的な発展に不可欠な要素であるインフラ整備の現状と今後の展望について、タイ王国大使館経済・投資事務所(BOI)と東部経済回廊事務局(EECO)に話を聞いた。
――タイ王国は現在、どのインフラ分野への投資に注力していますか?
タイ政府は、長期的な経済競争力の強化と持続可能な成長の支援のため、いくつかの戦略的分野へのインフラ投資を優先しています。これらの優先事項は、質の高い外国直接投資の誘致、産業力の強化、そしてタイをASEANにおける地域ハブとして位置付けることを目的としています。
第一に、デジタルインフラが重要な焦点です。政府は、デジタル経済の加速と産業変革の実現を目指し、データセンター、クラウドサービス、デジタルプラットフォームの開発を推進しています。タイ投資員会(BOI)が提供する優遇措置を通じて、タイはAI、IoT、フィンテック、スマート製造を支える強力なデジタルエコシステムの構築を目指しており、地域のデジタルハブとなるという目標をさらに強化しています。
――エネルギーインフラはいかがでしょう。
信頼性の高い電力供給とクリーンエネルギーは重要な優先事項です。これは、データセンター、EV製造、先端エレクトロニクスなどの重要産業にとって不可欠な基盤となります。タイ政府は、長期的なエネルギーの安定供給と脱炭素化の両立を目指し、「電力開発計画」に基づいて電源構成の見直しを進めています。
現行の計画では、2037年までに再生可能エネルギー比率30%程度まで引き上げ、天然ガスへの依存度を減らすことを目標としています。また太陽光やバイオマスといった再生可能エネルギー源の拡大に加え、蓄電システムやスマートグリッドの推進にも取り組んでいます。民間セクターによるクリーンエネルギーへのアクセスを促進するため、直接電力購入契約やグリーン電力料金といったメカニズムも導入されています。
加えて「タイランド・ファストパス(注1)」や「クイック・ビッグ・ウィン(注2)」といった取り組みの下、BOIは短期的な制約にも対処し、特に投資家への十分かつ安定した電力供給の確保に取り組んでいます。
――交通インフラについてもお聞かせ下さい。
交通インフラとスマート物流インフラは依然として重要な課題です。タイは、輸送時間の短縮と接続性の向上を目指し、複線鉄道の整備と高速鉄道プロジェクトの推進を加速させています。同時に、AIとIoTを統合したインテリジェント物流センターの開発を進め、サプライチェーン全体の効率化を図っています。これらの取り組みは、タイの地域物流ハブとしての地位を強化し、持続可能なイノベーション主導の成長を支援することを目指しています。
■日本の技術協力に期待
――タイの各物流インフラ開発の進捗状況を教えて下さい。
まずレムチャバン深海港フェーズ3ですが、本プロジェクトは、EEC(東部経済回廊)の官民連携スキームに基づき、タイ港湾公社(UTA)と開発・運営を担うコンソーシアムGPCが共同で実施するものです。埋め立ては完了しており、現在、スマートポート技術を活用した港湾建設のための調査と準備段階にあります。プロジェクトは予定通り進んでおり、2027~2028年にも供用開始される予定です。

2027~28年の供用開始が見込まれるレムチャバン港
マプタプット工業港フェーズ3はタイ工業団地公社(IPA)とGPCが共同で実施しています。こちらも埋め立ては完了し、港湾設備の建設がすでに開始されています。プロジェクトは順調に進んでおり、2027~2028年に供用開始される予定です。
――アジアの航空機整備拠点(MRO)を目指しているウタパオ空港については。
ウタパオ国際空港開発の進捗状況ですが、第2滑走路の建設が開始されました。プロジェクトの事業権者であるUTAは、ウタパオ——ドンムアン——スワンナプームの3空港間高速鉄道プロジェクトに関する特定の条件が最終決定されるまでの間、旅客ターミナルの建設を進めることに合意しました。UTAはターミナル建設と並行してエアポートシティ開発を開始する可能性も検討しています。

拡張後のウタパオ空港(完成予想図)
そして、高速鉄道と3つの空港へのアクセス向上ですが、タイ国鉄(SRT)とアジア・エラ・ワン(CPグループ子会社)は現在、契約の再交渉を進めています 。改訂された契約は、今年の第2四半期から第3四半期にかけて閣議承認を得る予定です。
――日本企業からの技術協力や投資への期待は?
タイは、数十年にわたりタイの工業化と経済発展において極めて重要な役割を果たしてきた日本企業の技術力、イノベーション力、そして長期的な投資コミットメントを高く評価しています。
日本は、主要投資家としてだけでなく、先進技術、経営ノウハウ、そして製造業とインフラ開発における高い水準の供給源として、タイにとって依然として最も重要な戦略的パートナーです。タイがよりイノベーション主導型で持続可能な経済モデルへと移行する中で、日本企業からのより緊密な技術協力と新たな投資を期待しています。
特に、タイは高度な物流システムにおける協力強化を求めています。タイはASEANにおける地域物流・サプライチェーンハブとしての地位強化を目指しており、スマート物流インフラの開発は優先事項となっています。インテリジェント輸送システム、自動倉庫、ロボット工学、デジタル追跡プラットフォーム、サプライチェーン最適化技術など、日本企業の専門知識は大いに歓迎します。
さらに、鉄道開発は依然として重要な協力分野です。日本が有する世界トップクラスの鉄道工学、信号システム、車両技術、そして安全管理の能力は、タイの複線鉄道システムの拡張と公共交通網の近代化を支援することができます。こうした協力は、貨物輸送能力の向上、輸送時間の短縮、そして工業団地、港湾、そして近隣諸国との連携強化にもつながります。

鉄道網の整備も着々と進んでいる
――脱炭素についてはいかがでしょうか。
タイはクリーンで持続可能なエネルギーへの移行を加速させる上で、日本企業とのより強固なパートナーシップを期待しています。タイは2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げています。太陽光、バイオマス、風力、先進的なエネルギー貯蔵システムといった再生可能エネルギー技術は、日本のイノベーションがタイのエネルギー安全保障と持続可能性の向上に貢献して頂ける重要な分野です。
従来の再生可能エネルギーに加え、タイは水素の製造・利用、そして持続可能な航空燃料(SAF)やその他の代替燃料といった新たなエネルギー技術においても、協力の大きな可能性を見出しています。これらの技術は、航空、重工業、長距離輸送といった排出削減が困難な分野の脱炭素化に不可欠です。
さらに、エネルギー効率化ソリューション、スマートグリッドシステム、デジタルエネルギー管理プラットフォームにおける協力も期待しています。
(注1)=「タイランド・ファストパス」は、BOIの戦略的セクターにおける大規模投資プロジェクトの実施を促進するため、他機関との緊密な連携を通じて、すでに承認されている合計約3000億バーツ、約70件の投資プロジェクトの実現加速支援プロセス。対象となるプロジェクトは、最低投資額10億バーツ(土地と運転資金を除く)の投資促進申請書をすでに提出しており、バイオテクノロジー、電気自動車と主要部品、半導体と先端エレクトロニクス、デジタル技術、人工知能などの対象となるハイテク産業で事業を展開している事業者となる。
(注2)=「クイック・ビッグ・ウィン」はタイ政府が2025年後半から本格的に推進している「短期的に目に見える大きな成果を出し、中長期的な経済成長へ繋げる」ための包括的な経済刺激・投資促進政策。投資手続きの迅速化やエネルギー・環境対策、家計支援と観光振興などが含まれる。
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【オピニオン】(一社)日本マテリアルフロー研究センター 常務理事 中原 安篤 氏
(日本物流新聞2026年2月25日号掲載)