【2026年新春産業展望】防衛産業の先行きは 記者による振り返りと予測
- 投稿日時
- 2026/01/08 14:23
- 更新日時
- 2026/01/08 17:03
昨年6月にオランダ・ハーグで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議において、加盟32カ国は、防衛費を国内総生産(GDP)比で2035年までに5%へ引き上げる新目標で合意した。内訳はコア防衛費3・5%、広義の安全保障関連支出1.5%。従来目標の2%から大幅な引き上げとなる決断である。
この合意は、トランプ米大統領による執拗な圧力によるものに等しい。同氏は二期目就任直後から「NATO加盟国は防衛費をGDP比5%にすべきだ」と主張。ルッテNATO事務総長は、この要求を巧みに利用し、防衛費増額という「勝利」を提供する代わりに、トランプ氏が疑問視していた集団防衛条項第5条(加盟国の一つが攻撃された場合、全加盟国への攻撃とみなし、共同で対処する「集団的自衛権」を定めたもの)への明確なコミットメントを引き出すことに成功した。
防衛費増の実施期限を2035年に設定することで、加盟国は急激な財政負担を回避しながら、米国との同盟関係を確保するという戦略的譲歩を行った。
その欧州では、ウクライナ支援を継続する中で自国の備蓄不足が顕在化し、弾薬・砲弾・ミサイルの生産能力増強が急務となっている。ドイツ、フランス、ポーランドなどは国防費をGDP比2%以上に引き上げ、ラインメタル、BAEシステムズ、サーブといった主要企業は生産ラインの24時間稼働体制を敷いた。防衛産業は平時型から準戦時型へと性格を変えつつある。
世界の防衛産業を牽引するのは依然として米国企業だ。ロッキード・マーティンの2024年売上高は約11,2兆円と、日本の防衛予算を優に超える規模に達している。RTX(旧レイセオン)、ボーイングなど米国勢が圧倒的な研究開発費を投入し、先端技術で他国を引き離している。これら企業の強みは世界市場での販売による規模の経済にある。
アジア太平洋地域でも防衛投資は拡大した。中国は軍民融合を背景に無人機、極超音速兵器、宇宙・サイバー分野で技術開発を加速。アジア諸国やアフリカ諸国などへの武器輸出もスタートしている。
韓国は輸出産業としての防衛産業を強化し、戦車、自走砲、航空機分野で欧州・中東向けの大型契約を獲得した。なかでもポーランドからはK2戦車、K9自走砲などを含む総額123億㌦の受注を獲得している。これらアジアの「新興武器輸出国」が防衛装備の国際市場における存在感を一段と高めた一年でもあった。

ポーランドに輸出された韓国・K2戦車
世界の防衛関連における興味深い変化は、投資の世界でも起きている。かつて防衛産業は、ESG投資の「S(社会)」の観点から低評価を受け、ネガティブ・スクリーニングの対象とされてきた。
しかし2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、「国家の安全保障維持は社会の安定と持続性を守るために不可欠」という見方が強まった。抑止力を持つことが市民の生命と社会基盤を守るという新たな評価軸が生まれ、防衛産業への投資が正当化される時代が到来したのだ。
世界の防衛産業は今、冷戦終結以来最大の拡大期を迎えている。それは単なる予算増加ではなく、安全保障への投資がグローバル経済の前提条件となる時代の到来を意味している。ポーランドのトゥスク首相が「欧州は戦争前夜を迎えている」と警鐘を鳴らしたように、世界は「終末時計」が過去最短の90秒を示す中で、各国が防衛力強化を急いでいる。
■輸出可能な産業へ
日本の防衛産業にとって、2025年は歴史の転換点となった年だった。昨年8月、オーストラリア政府は次期汎用フリゲート艦として、三菱重工業が提案した「もがみ型護衛艦」の能力向上版を選定したと発表。総額約1兆円、11隻という規模は、日本にとって初の本格的な艦艇輸出案件であり、戦後の防衛産業政策の大きな変化を象徴する出来事となった。
この決定は、日本の防衛産業が長年抱えてきた「輸出できない」という制約からの解放を意味する。2014年に「武器輸出三原則」を改め「防衛装備移転三原則」を制定して以降、完成品の輸出はフィリピンへの警戒管制レーダー1件にとどまっていた。2016年にはオーストラリアへの潜水艦輸出で敗れるという苦い経験もあった。
今回の勝因は何だったのか。オーストラリアのコンロイ国防産業相は「コスト、性能、納期順守の面で明らかな勝者だった」と述べた。ドイツとの一騎打ちを制した決め手は、三菱重工の確実な納期管理能力と、米国・日本との相互運用性だった。海上自衛隊の「もがみ型」を継続的に建造してきた実績が納期を最優先するオーストラリアの信頼を勝ち取ったのである。

オーストラリアから計11隻の受注を獲得した「もがみ型」
航空分野では、日英伊による次期戦闘機の共同開発(GCAP)が設計・体制構築の段階に入り、エンジン、アビオニクス、先端素材などで日本企業の役割が具体化した。IHI、三菱電機などは研究開発投資を拡大する一方、長期開発に伴う人材確保やコスト管理が経営課題として浮上しつつある。
陸上分野では、弾薬の国内生産体制強化が進展した。ウクライナ情勢を受けて露呈した備蓄不足を教訓に、効率性重視で縮小してきた生産ラインを再整備し、平時から一定の生産能力を維持する政策転換が進んでおり、これにより中小企業を含む裾野産業の発展も期待されている。
日本の防衛産業が真に「輸出型」へ脱皮できるかどうかは、今後の取り組み次第だ。海外の防衛産業大手との規模の差は依然として大きい。ロッキード・マーティンの売上高11・2兆円に対し、三菱重工の航空・防衛・宇宙セグメントは約1兆円にとどまる。
この差を埋めるには、ある程度の生産数量の確保が不可欠だ。オーストラリアへの艦艇輸出成功は重要な第一歩だが、継続的かつ数量も見込める輸出実績を積み上げることが求められる。
だが、フィリピンへの中古護衛艦輸出など、新たな案件も検討されているが、「装備移転」ではなく「共同開発」という形式にこだわる姿勢を示すあたり、いまだ防衛産業に対する国内世論への配慮が見て取れる。
日本の防衛関係費は2025年度、過去最高の8兆7000億円に達した。これは2022年12月に閣議決定された安保三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)に基づく防衛力抜本的強化の3年目にあたる。
2023年度からの5年間で総額43兆円という大規模投資は、日本の防衛産業に大きな商機をもたらしている。特に反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有が初めて明記されたことで、長射程スタンドオフミサイルの導入が本格化。2025年度予算では米国製トマホーク巡航ミサイルの取得など、反撃能力強化に約9434億円が計上された。
NATOの防衛費目標がGDP比5%に引き上げられたことで、日本も米国からさらなる増額圧力を受ける可能性が高まっている。今後も同盟国として「応分の負担」を求められる状況は避けられないだろう。
2026年防衛産業見通し
商機拡大も「晴朗なれど波高し」
2026年、世界の防衛産業は引き続き堅調な成長軌道を維持する。世界の航空宇宙・防衛市場は2032年までに1兆4700億ドル規模に達し、2025年から2032年にかけて年平均成長率8.2%で拡大する見通しだ。この成長は一時的な現象ではなく、長期的な資本投資サイクルの始まりを意味している。
米国は2026年度に初めて1兆ドルを超える防衛予算を編成した。トランプ政権は総額1兆117億ドルの防衛予算を要求し、その内訳は裁量的予算8926億ドル、和解資金からの特別措置1190億ドルとなっている。ただし、この予算要求は議会内の防衛派から批判を受けており、非国防予算との削減交渉で民主党との対立も予想される。財政懸念と政治的分断が、今後の成長を制約する可能性がある。
欧州の防衛費増額はさらに劇的だ。2025年度の欧州各国の防衛予算は前年比約13%増加し、ドイツ、ポーランド、英国が牽引している。EU加盟国全体では2025年に3810億ドル(約59兆円)を防衛に配分する見込みで、これは10年連続の増加となる。2024年のEU加盟国の防衛支出は3430億ユーロに達し、実質ベースで15%以上増加した。2021年と比較すると35%増という驚異的な伸びである。
アジア太平洋地域も2026年度の防衛予算が5500億ドルを超え、年平均成長率7~8%の持続的な成長を記録する。中国、インド、日本、韓国が航空、海軍、ミサイル能力の近代化を急速に進めている。
2026年の世界防衛産業で最も注目すべき動向は、欧州の歴史的な再軍備である。ドイツのメルツ首相は2025年3月に憲法を改正し、防衛目的の政府借入制限を撤廃した。同国の防衛予算は2025年度に950億ユーロ(前年比16%増)に達し、1000億ユーロの特別基金によって支えられている。今後2029年までに1620億ユーロに倍増する計画だ。メルツ首相はこれを「EU非加盟国も含む新たな欧州防衛共同体への第一歩」と位置づけている。
ポーランドの防衛支出はGDP比で2022年の2.2%から2025年には4.7%へと劇的に拡大した。同国はF︱35戦闘機、エイブラムス戦車、ハイマース多連装ロケットシステムへの大規模投資を実施し、軍の近代化を加速させている。
デンマークはGDP比3%以上の防衛支出を維持し、北極圏での軍事プレゼンス強化へ16機の追加F︱35購入に274億クローネを投資する。フィンランドは2029年までにGDP比3%、2032年までにNATO目標の5%達成を目指す。スウェーデンは2030年までにGDP比3・5%を目指す。
この再軍備を支えるのが、欧州委員会の「ReArm Europe計画/Readiness 2030」だ。この計画は、EU加盟国に財政的柔軟性を提供し、安定成長協定の厳格な債務制限に対する例外措置を認める。今後、EU加盟国はさらにミサイル防衛、ドローン、サイバーセキュリティなどの重要分野に投資できるようになる。

欧州への配備が進むF-35
2026年の防衛産業で最も重要なトレンドは、人工知能(AI)、特にエージェント型AIの急速な採用だ。デロイトトーマツのレポートによれば、産業製品製造全体で行われる業務の36%がエージェント型AIによる人間能力の拡張から恩恵を受ける可能性がある。米国国防総省は、モデリング・シミュレーション、オペレーター支援、指揮統制などの任務全体でAIを基盤的能力として位置づけている。米空軍は最近、人間・機械チーミングのための実験を完了し、AIがオペレーターのより速く賢明な意思決定をどう支援できるかを実証した。
PWCコンサルタントの「Future of Industrials Survey」によると、航空宇宙・防衛業界の経営幹部の57%がAI強化設計・エンジニアリングを活用しており、これは業界平均より16ポイント高い。約半数(49%)が2030年までに生産の大半がAI対応システムによって支えられると予想している。
■日本政府は前のめり
2026年、日本の防衛産業は歴史的な転換期を迎える。オーストラリアへの艦艇輸出という「初の本格的成功」から1年、産業界は新たな段階へと進もうとしている。しかし、その道のりには構造的な課題が山積している。高市早苗首相が掲げる防衛力強化政策の下、産業は真に「輸出型」へ脱皮できるのか。今年はその分水嶺となる年だ。
日本の防衛産業の構造的特徴として「儲かりにくい」という流れがしばらく続いていた。大企業の防需率は平均約4%と低く、多くが民生事業と並行して防衛事業を営む兼業体制だ。長年、防衛事業は「お荷物」と見なされることも多く、積極的な投資対象とはならなかった。
それが防衛生産基盤強化法の施行や調達制度改善により、企業の設備・人員投資が促進され、足元では活況を呈している。三菱重工、川崎重工、IHIの大手重工3社は2025年3月期連結決算でそろって最高益を記録した。特に三菱重工の2024年度防衛品調達額はミサイルを筆頭格に1兆4567億円に達し、2022年度の3倍を超える受注高を記録している。

三菱重工の稼ぎ頭、12式地対艦誘導弾
しかし企業側には根強い不安がある。「今後も発注規模が維持されるのか」という中長期の見通しへの懸念だ。防衛費の大幅増額は2023年度から2027年度までの5年間で総額43兆円という計画に基づくが、その後の展望は明確ではない。高市政権は2026年中に安全保障戦略を改定し、防衛費のGDP比2%を上回る新たな数値目標を盛り込む可能性を示唆しているが、財源確保の見通しは不透明だ。
企業が大規模な設備投資を行うには、10年、20年という長期の需要予測が必要だ。単年度ごとの予算に左右される現状では、思い切った投資判断ができない。防衛企業役員は「単年度ごとの政府予算のさじ加減次第で、将来の予見や投資をしにくい」と指摘する。高市首相が言及した「投資の予見可能性の向上につながる措置」の具体化が待たれる。
だが、追い風は吹いている。高市政権は2026年前半にも、防衛装備移転三原則の運用指針をさらに緩和する方針だ。現行の運用指針では、輸出可能な装備品は「救難」「輸送」「警戒」「監視」「掃海」という5類型に限定され、殺傷能力のある武器を搭載した完成品の輸出には制約が多い。2026年の改正では、この5類型の枠組みを維持しつつ、実質的な輸出範囲を拡大する可能性がある。
自民党内では、5類型以外の装備品輸出についても議論が進んでいる。特に注目されるのは、国際共同開発案件における第三国移転の円滑化だ。GCAPで開発される次期戦闘機について、2024年3月の運用指針改正で、パートナー国以外への完成品移転が可能となったが、個別案件ごとに閣議決定が必要という重い手続きが残されている。
小泉進次郎防衛相は装備品輸出を「トップセールスする」と明言しており、政府の前のめりの姿勢は明らかだ。2026年は、防衛装備輸出の是非を巡る国内議論が本格化し、「平和国家」としての理念と安全保障上の必要性のバランスをどう取るかが問われる年となるだろう。
(日本物流新聞2026年1月10日号掲載)